世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「こちらになります」
ソウォンの耳にユルの声が届いた。
現実逃避したいソウォンであったが、願いは叶わず。
自宅の大門(テムン:表門)前に到着したようだ。
ヒョクは素早く世子の馬の手綱を手にし跪き、ヘスは馬から降りるとソウォンに向け、手を差し伸べた。
「ソウォン?」
優しいヘスの声を無視することも出来ず、瞼を押し上げる。
ソウォンの体調を窺うかのように心配そうに見つめてくる。
両班の娘ではあるが、馬には乗り慣れているソウォンは、体調が優れないとはいえ、馬から降りることなど朝飯前なのだが……。
漢陽の中心部に位置するソウォンの家は大通りにも面しており、日が傾きかけているとはいえ、まだ人通りも多い。
しかも、漢陽でも有数の名家の大門の前に、世子を始め大柄な男が数名、立派な馬と共に集まっていれば嫌でも視線が注がれる。
更には、両班の未婚の女性が男性と一緒にいるところを見られては、それこそ変な噂が立つというもの。
ユルやヒョクを始め、親衛隊の者らは跪き、カッ(帽子状の笠)姿で顔を伏せている。
世子であるヘスも跪くか顔を伏せていれば使用人だと思われ、変な噂も立たないだろう。
けれど、さすがに世子に跪けとは口が裂けても言えない。
そんなことを口走ったら、それこそ、その場で斬首ものだ。
ソウォンは覚悟を決め、ヘスの掌に指先を差し出そうとした、次の瞬間。
「ヒャッ……」
ソウォンの体はいとも簡単に宙に浮き、ふわりと浮いた体は軽い衝撃を受け、白檀の香りを纏う上質な絹地に包まれた。
艶のある絹のチョゴリを纏っているから分かり辛いが、腕も胸板も筋肉が隆々としており、これぞまさしくと言っていいほどの逞しい体躯だ。
抱きしめるような形で体が密着した為、ソウォンは否応なしに胸が激しく鼓動する。
そんなソウォンの足先がゆっくりと地に着くと、耳元に仰天するような言葉が告げられた。
「今宵、そなたに逢いに来る」