世子様に見初められて~十年越しの恋慕
世間よりも早婚を余儀なくされる王族な上、次期国王になるべき存在の世子には自由は許されず。
両班でさえ政略結婚が至極当たり前の朝鮮において、胸に秘める想いなど気に掛けることは不要なのだ。
けれど、王妃は自身のことと重ね合わせ、世子の想いを大事にしたかった。
ヘスの生母である王妃はその昔、右議政(ウウィジョン:右大臣)である父親の影響で、王宮で開かれた宴に招かれていた。
普段は足を踏み入れることのない場所とあり、目を輝かせていた所、当時世子であった現国王の目に留まったのだ。
他の良家の子女が華やかな装いで上目遣いをする中、色鮮やかな宮殿の美しさに目を奪われ、世子が目の前にいることに気付かなかったのだ。
しかも、『こんなに綺麗な場所に住めたら、どんなに素敵かしら……』と、無意識に口走っていたのだ。
美貌もさることながら、その天真爛漫さに惹かれた世子は、宴を楽しみ家路につくその娘に、ソンスゴンの包みを手渡したのだ。
その包みの中には宮中菓子が沢山入っていて、その菓子の下にこっそりとコチが隠されていた。
そのコチこそ、ヘスがソウォンの髪に挿したものである。
ヘスの口から王様と王妃様の馴れ初めを聞き、ソウォンはますます複雑な心境になった。
とても想い入れのある大切な御品を自分が身に着けて良いものか。
何故、そんな大事なものを自分に………。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかり。
すると、
「揀擇前に、その…………なんだ………」
ヘスは視線を泳がせながら言い淀み、咳払いをすると。
「一目惚れした娘に、………渡したかったのだ」
「っ…………」
王様と王妃様の想いだけでなく、世子様の想いも詰まったコチ。
見初めたそのお相手と自分を重ねているのかもしれないが、そんな大事なものを受け取る訳にはいかない。
ソウォンはお返ししようと、コチに手を伸ばす。
「やはり、そなたに良く似合う。天真爛漫なところなどは、母上にそっくりだ」
「っ………」
これまで何度かお会いした情景が走馬灯のように浮かんだ。
確かに天真爛漫に見えるほどにお転婆だったかもしれない。
だからと言って、想い人や王妃様に私を重ね合わされても………。