青野君の犬になりたい
施設で犬をおろし、2人だけになったバンの中は急にがらんとした。
「さっきまで犬に囲まれていたのに、寂しくなったね」
しみじみとした声を出し、青野君はバックミラーでさっきまでケージが積まれていた後部座席をのぞく。
「彼女、こんな大きな車、運転してるなんてすごいわね」
聞きたくはないのに、つい彼女について話を振ってしまう。
「いつもじゃないけどね。普段は普通の乗用車だよ」
“いつも”という言葉に青野君と彼女との親密さを嗅ぎ取り、
普段は乗用車でデートしているわけだ、と勘繰る。
「その彼女とはどんなところに行くの?」
聞かなくてもいい質問は止まらない。
「そんなに気になる?」
少し渋滞し始めたのか、車の速度が落ちて青野君が私の顔をうかがう。
「そりゃあ、青野君の3番目の彼女の車に乗せてもらってるんだもの。気になるわよ」
車がすぐにまた流れ出した。青野君はそれには何も答えず、アクセルを少し踏み込んだ。
日も暮れてきて、おなかも空いてきた。
今日は初デートの予定だったわけだから、これから食事をするものだと勝手に考えていた。
だから「葉山さんち、環八入ってどこで曲がるんだっけ?」と聞かれたときにはがっかりした。
< 35 / 125 >

この作品をシェア

pagetop