青野君の犬になりたい
ドキッとして息を詰める。
青野君の腕が私の髪に伸び、長くて茶色い毛をつまんで見せた。
「これは茶太郎のだね」
まだ里親が決まらない、大きくて気の優しい雄の雑種犬、茶太郎の柔らかい毛。
私は詰めた息をそっと吐きだす。
「そうね。一緒にいたから付いちゃったのね」
当たり前のことを言って、今度こそ車を降りかけたところで腕を引かれ、
「え、」と振り向いた私に青野君の唇が重なった。
「唇が寂しそうだったから」
そう言ってほほ笑み、私が余韻に浸っている間に青野君の車は去っていった。
そう、急いでいるのだ。3番目の彼女のもとに向かって。
ぽぉっとした頭で考える。

夜になって空気は随分とひんやりしてきた。
若い女性がマンションの前の道を急ぎ足で通り過ぎていく。
土曜日のこの時間、きっとこれから誰かと食事でもしに行くのだろう。
ワンピースの上に羽織ったカーディガンを翻し、華奢なミュールがアスファルトをコツコツ蹴っていく。
その音さえ楽しげで、私はとてもうらやましかった。
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