青野君の犬になりたい
2人で会社を出て、とりあえず駅に向かって夜道を並んで歩く。
よくあることなのに、今までよりずっと特別なことに感じた。
「暑いね」
アスファルトやビルの壁から、昼間に吸収された熱が発散されている。
息苦しいほどの蒸し暑さに顔をしかめる。
まるでむわっとした空気に襲われているようだ。

駅から10分くらいの場所にあるこぎれいな居酒屋に入る。
店内の涼しさに、席に着くと思わず「あー、涼しい」と声を漏らす。
隣の席とは太い柱で仕切られているが、その陰からサラリーマン4人組がおしぼりで
一斉に顔を拭いているのが見えた。
青野君の顔をチェックする。
てかてかもしてないし、額に汗も浮かんでいない。
このくそ暑い日本の夏さえ軽やかにやり過ごしている感じがやっぱり炎天下の下でも
緑の身体を気持ちよさそうに揺らしている草っぽい。

生ビールで「お疲れ」と乾杯してから、少しの間、私たちは焼鳥やら冷奴やらイカの丸焼きやらを
ハイペースで食べた。
お腹が空いていたのだ。
で、お腹がひと段落したころにはアルコールもいい感じで回っていた。
気が大きくなって、目の前で枝豆を食べている青野君に「ねえ、私と付き合わない?」と言ってみた。
ルックスに自信があるわけでもなく、ごくごく平凡な私が自分から男子に申し込むなど、
これまでの人生から考えればトチ狂っていたのだけど、なぜか気が大きくなっていた。
そしてなぜか勝算もあった。
青野君はいつも優しいし、私たちはよく2人でこうしてごはんも食べに行く仲だし(会社帰りだけど)、
もしかして青野君も私に好意を抱いているのではないかと思っていたから。
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