青野君の犬になりたい
結局、仕事を終えたのは、9時を少し回った頃だった。
エレベータに乗り込み、上部に設置されているデジタル時計を見る。
10月10日、21時15分。そう、今日は10月10日のTOTOなのだ。
「あーあ、スペシャルデーなのに」
誰も乗りこんでこないエレベータの中で、わざと小さく声に出して嘆いてみる。

オフィスビルを出て、いつものように空を見上げる。
星は見えないが、満月には少し足りないびつな月が、薄い雲に覆われながらばんやりと光を放っていた。
月が見えると得した気分になる。
満足して正面に顔を戻すと、ずいぶん前に帰ったはずの青野君が近づいてきた。
「どうしたの? 約束、ドタキャンされちゃった?」
「七海さんを待ってた」
遅いからコーヒー2杯も飲んじゃったじゃったよと、斜め前にあるガラス張りのカフェを顎で指す。
「え、どうして? 」
「今日はTOTOじゃない」
「なんで知ってるの!?」
「前に『私の誕生日、10月10日だからTOTOなの』って笑ってたじゃない。
「覚えてくれたんだ」
「僕、一応、七海さんの彼氏だし」
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