冷徹ドクター 秘密の独占愛
路頭に迷いました
院長が、亡くなった。
一昨日の朝のことだ。
朝、八時半。
いつものように出勤し、従業員出入り口の扉を開けようとドアノブを捻ると鍵がかかっていた。
院長の住まいに診療室が併設しているうちの医院は、毎朝出勤してくると院長の奥さんが私たち従業員が勝手に入ってこられるようにと、従業員口を解錠しておいてくれているのがいつものことだった。
だけど、この日は従業員出入り口が閉まっていて、院長宅の玄関に仕方なく回ることとなった。
こんなこと今までなかったのに、珍しいな、と思いながら。
だけど、異変はそれだけではなかった。
玄関のインターフォンを押しても応答がないのだ。
まさか、二人揃って寝坊?
なんて一瞬思ったものの、もう七十が近い夫婦だ。
若いカップルじゃあるまいし、そんなはずはない。
おかしい。
そう思っているうちに、受付と事務を担当している助手の先輩が出勤して来た。
私同様、従業員口が開いてないことから、玄関に回ってきたという。
二人して玄関前で待ちながら、院長宅の電話も鳴らしてみたが、やっぱり電話に出る気配がなく、普段はかけない院長夫人の携帯にも着信を入れる。
院長が携帯を所有していないためかけてみたけれど、最終手段の連絡先にも繋がることはなかった。
二人してやばくない?と路頭に迷っていると、いよいよ診療開始九時から予約の患者さんが来院。
義歯調整に毎週訪れている馴染みの患者さんは、玄関前に私服で立つ私たちを見つけると、その異変にどうしたのかと尋ねてきた。
医院を開けられないことを謝罪していた時だった。
手に握っていたスマホが震え出し、目にした画面には、さっきかけた院長夫人の番号が表示されていた。
やっと連絡がついた、そう安堵して出た電話から聞こえてきたのは、思いもよらぬ奥さんのすすり泣く声だった。
一言目に「ごめんね」と言われ、ただならぬ雰囲気に総毛立つ。
「院長……今朝……亡くなったの」
何を言われているのかよくわからなかった。
昨日の診療終了後、「お疲れさん」と診療室を出て行ったにこやかな顔を思い出した。
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