冷徹ドクター 秘密の独占愛
「え……」
「歯科医にも無理してならなくていいって言われたりもしてたって聞いた。まぁ、それでも歯大に行ったわけだけど、結果そのおかげで病院も閉めなくて済むようになったっていうかさ」
「そうだったんですか……何か、複雑な家庭事情ですね」
「だね。院長は、その兄ちゃんにかなり期待してたみたいでさ、逆にアイツには全くだったみたいなんだ」
「え、あんな凄い腕持ってるのにですか?」
「ああ。だから、初めのうちは認めてもらいたいってのもあったのかもしれない。そのうち、自分の病院なんかじゃなくて、もっと上を目指すって言うようになったけどね。その辺りから、院長とは上手くいかなくなったみたいだけど」
副院長の口からは絶対に聞けないであろう家庭事情は、知り得た内容よりもっと根深そうで、他人にはわからない闇があるような気がした。
もしかしたらそのせいで、あんな風に冷血な人格になってしまったのかもしれない。
そんな話を聞いて、そう思わずにはいられなかった。
「って、その話は置いといて、石膏いつまで練ってんの。もう硬化してるでしょ」
「……。あっ、やばっ」
話に気を取られている間に、ラバーボウルの中で練っていた石膏は硬化を始めてボソボソになっていた。
「早く戻んないとどやされるんじゃない?」なんて市野さんに言われ、慌てて石膏注ぎをやり直し始めた。