冷徹ドクター 秘密の独占愛
「このタイミングで嫁にでも行ければいいんだけどね……それも無理そうだし」
今度はあからさまに「ハァ」とため息をつく。
篠田さんにはもう長いこと付き合っている彼がいるけれど、彼女曰く相当のダメ男らしく、なかなか結婚という話にはならないらしい。
何でも、仕事が長続きしない人らしく、うっかり結婚でもしたら苦労を強いられそうだといつも嘆いている。
私が知るだけでも、もう十回近くは転職している記憶がある。
「千紗ちゃんこそ、衛生士さんなんだから求人選び放題でしょ? いいよな〜資格持ちは」
私、浅木千紗(あさぎちさ)は歯科衛生士として歯科医院に勤めている。
普通科の高校を卒業して、歯科衛生士の専門学校へと進学。
今は法律の改正により三年制の専門学校になったものの、私が進学した当時は衛生士学校は二年制で、二年間の修業を経て国家試験に合格、衛生士免許を取得した。
学生時代は医学系の座学をはじめ、二年生に上がると実習に追われる毎日を過ごした。
開業医はもちろん、矯正専門の歯科医院、大学病院での実習にも行っていた。
国家資格を持つ衛生士の業務内容は、ドクターについての歯科診療補助を始め、虫歯や歯周病の予防処置、歯磨きの指導などをする保健指導などを行う仕事を主とする。
でも、衛生士も資格を取ってから就職する先によって生きるか死ぬかだと私は思っている。
大学病院や最先端の診療をバリバリしている開業医に勤めれば、知識や技術は嫌でもついてくる。
だけど、私みたいに緩いおじいちゃん院長が一人で切り盛りしているような医院に勤めれば、資格を必要としない助手さんがやるような補助や雑務が主な業務となる。
ハイレベルなオペのアシストをすることもなければ、自分で治療計画を立てて経過をみる歯周治療に携わることもないわけだ。
まぁそれも、自分が好んで決めた職場なわけで、特に不満はない。
むしろ、居心地が良くて長年勤めてきたのが何よりの証拠だ。