西城家の花





ぐすぐすと鼻をすすり、結ってもらった帯に手をかけながら兄たちに散々馬鹿にされた紺の浴衣を脱ぎ捨てていると、襖の向こう側から忌々しい健の声が聞こえてきた






「どうしても金魚が嫌だと言うのなら、この間父上に買い与えてもらった淡い空色の浴衣に薄い紫の帯を合わせてみろ。そっちのほうが貴様に似合いだ」






誰が意見なんか聞き入れるかと意固地になっていたが、敷き詰められた浴衣の山から健に言われたものを探し当てた結衣がおずおずと美桜の前に勧めてきて、どいういうものか見てみたら、確かにさっきの紺の浴衣よりも美桜の好みだった





試しに着てみたら、先ほどとは比べものにならないぐらい美桜にしっくりきていて、柄も白い花柄だったので、美桜が欲しかった落ち着いた印象にも見えなくはない






「やはり、そちらのほうが似合うではないか。わたしの目利きに狂いはなかった」






いつのまにか襖の向こうから顔を覗かせていた健が得意げな笑顔を見せつけてきて、とても腹が立つのだが、悔しいことに兄の言う通りなので美桜はぐっと唇を噛んだ





さすが流水家の嫡男だけあって、健の色見のセンスはピカイチで、生ける伝説として名高い、流水総一郎の才能をそのまま受け継いだ、花の鬼才と称されているほどのものだ





昔から病弱で部屋に籠りっきりだが、健の活けた花に魅了されたものも多く、今ではたくさんの顧客ももつ華道流水流師範の一人である





だからその兄の研ぎ澄まされた類まれなるセンスに美桜が適うはずもなく、いつも健にコケにされるのだが、今回ばかりは素直に彼の言葉に従うしかなかった






色々暴れて乱れてしまった髪を結い直してもらおうと、化粧台の前に座ると、後ろからまた健が口を開く






「化粧はするなよ。童顔に下手に化粧すると逆に浮くからな」





「結衣に化粧してもらうから大丈夫ですわ」





「いえ、お嬢様。ここは素直に健坊ちゃまの言う通りにいたしましょう」





「えっ!?」






味方だと思っていた結衣が急に手のひらを返してきて驚いていると、後ろの健はほれ見たことかと得意げに口角を上げる






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