西城家の花





「それ見たことか。第一、こんなくそ暑い中で慣れない化粧なんかしたら汗で崩れて悲惨なことになるぞ。せいぜい虫に刺されぬように虫除けでも塗っておけ」





「そうですね。健坊ちゃまの言う通りですわ。やはりお嬢様は化粧がなくても十分お美しいです」






納得はいかないが、化粧にあまり詳しくない美桜は渋々二人の言うことを聞き入れることにした





まぁ化粧をしなくても、いつもとは違う感じの浴衣でほんの少しだけ大人っぽく見えるかもしれないし、大志との花火大会が待ち遠しくて仕方がない美桜が締まりのない顔でへにゃと笑うと、健と鏡越しに目が合った






「花火大会ではしゃぐのは構わないが、リンゴ飴と金魚だけはやめておけ」





「えっ…な、なんでですか!?」






花火大会といったらリンゴ飴と金魚すくいと断言していいほど、美桜は縁日の中でこの二つ出店が大好きなのだ





毎年父親に強請って買ってもらった透明な飴でコーティングされたリンゴを舐め、金魚すくいで掬った金魚をぶら下げながら花火に向かってたまやーと叫ぶのが習慣だった





今年はそれらを大志と出来ることを楽しみにしていたのに、兄から突然のNG宣言でテンパった美桜はまだ髪を結っている途中にも関わらず後ろに振り向いた






「まずリンゴ飴だが、貴様は毎年のように食べきれず、全て残りは父上に押し付けている。父上は貴様に甘いから大目に見ていたが、今回はどうする?貴様の食いかけのリンゴ飴を西城の大熊に食べてもらうつもりか?」





「そ、それは…」





「金魚に関しては、庭にある池が既に定員オーバーでもうこれ以上新たに金魚を放つことは無理だ。というか、元々あの池は父上が買ってきたニシキゴイが泳いでいたはずなのに、今やほぼ金魚のたまり場になっている」






兄の言う通り、庭の池は本来、ニシキゴイを遊泳させるために設置したものだったのだが、美桜が5歳の時から毎年のように縁日で父に掬ってもらった金魚を放し飼いしていたせいでニシキゴイ一匹しかいなかった池が真っ赤になるほど金魚でいっぱいになってしまった






「ち、小さめのリンゴ飴なら頑張れば食べきれますわ。それに金魚は毎日のように世話してるからいいじゃないですか」





「問題はそれだけではないのだ、愚妹よ。リンゴ飴を齧り、金魚をわきにぶら下げている姿は、とても滑稽なのだよ。つまりどう見ても大人の女がすることではないのだ」





「はっ!!」







健に言われて、リンゴ飴を齧って、金魚を片手にるんるんとしている自分の姿を思い浮かべてみたが、確かに恐ろしいほどに大人っぽさとはかけ離れている、というか完全に縁日を楽しんでいる子供だ






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