西城家の花
たとえ美桜が大志のことをどれだけ想っていようとも、婚約は破棄されてしまった、つまり大志は美桜を拒否したのだ
今さら会いに行っても何が変わるというのだ、もしまた拒否されでもしたら、美桜はきっと今度こそ立ち直れないほどの悲しみに襲われるであろう
それが怖くて、美桜は動けないでいるのだ
直立不動の美桜に、母は何を思ったのか、はぁとため息を吐いた
そして
「…いた!?いたたたたたたた」
思いっきり頬をつねられた
「痛い!痛いですわ!お母様!!」
つねられた痛みから逃れるようにジタバタと暴れる美桜に母は憎たらし気に、しかし優しさを含んだ声で言い放った
「あなたをそんなに意気地なしに育てた覚えはありません。婚約を破棄されたぐらいで逃げるのですか?まだ、何一つ大切なことをお伝えもしていないというのに?」
そこで美桜はハッとした
そうだ、母の言うとおりだ
美桜はまだ大志に自分の、この溢れ出す彼への想いを一度たりとも大志に伝えてはいなかった
あんなに毎日のように大志に会いに行っていたのに、一度たりとも言うことはなかった
なんて愚かだったのだろうと、美桜は唇をぎゅっと噛み締めた
「…放してください、お母様」
先ほど情けない泣き顔とは違う、覚悟を決めた真剣な表情で母に懇願する美桜に、悦子はふっと目を細め、ゆっくりとつねっていた柔らかな頬から手を放した
するとすぐさま戸口に向かうと思っていた美桜がぎゅっと悦子の首に手を伸ばし、耳元でそっと囁いた
「ありがとう…お母様」