西城家の花
さっきまで泣きべそかいてたくせにと、感謝を述べてくる娘の長い黒髪を悦子は愛おしそうに撫でた
「まったく、本当に世話のかかる娘ね。気を付けて行ってくるのよ」
美桜は力強く頷くと、今度こそ愛しい人に会いに村本が待つ戸口へと向かった
そんな娘の後姿を悦子は見えなくなるまで見つめていた
美桜は、未熟児で産んでしまった二人の兄とは違い、健康そのものな状態で産まれてきてくれた
元気な産声が聞かせてくれた時、色々な不安が溶けて、涙として溢れ出てきたことを悦子は今でも覚えている
大切な娘、だからこそ甘やかさずに、しっかりとした淑女に育ってほしいと厳しく育てていたのだが、どうやら悦子は少し厳しすぎたのかもしれないと後悔していた
美桜は、悦子の望み通り、おしとやかで気品のある、どこに出しても恥ずかしくない淑女に育っていった
しかしそのせいで外では本来の自分を上手く出せずにいることに悦子は気付いていた
何があろうと笑顔を崩さずに、まるでお面を被ったようなその笑顔に悦子はやるせなさを感じていた
悦子が望んだとおりに育ってくれた、しかし本当にこれでよかったのかと自分の育て方に疑問を感じていた
そんな時に美桜が出会ったのは、お世辞にも上機嫌とは言えない大志の見合い写真で、あまりわがままを言わない美桜が初めて悦子たちに頭を下げて懇願してきたのだ
一度でもいいから大志と、会ってみたいのだと
最初は戸惑ったが、娘の初めてのわがままということで宏昌と悦子も美桜に大志を会わせるために動いた
しかし大志と会ってみて、なかなかよい、という将来的にかなり有望な男性で悦子は心底ホッとしていた
それに美桜が人前であんなに取り乱すのも初めてのことだった
しかし、さすがに倒れるほどまで興奮するとは、大志の母、満には多大なる迷惑をかけてしまった
あの場では叱っておいたのだが、悦子は内心嬉しかったのだ
美桜があそこまで何かに夢中になるということに、誰かに本当の自分を好きになってもらおうとする努力をしているということに
だから西城家の方から婚約破棄の申し出が来た時はうっかり取り乱してしまった
相手の立場も考えずに、何故と問いだたしてしまい、電話越しから満の弱弱しい声が困っていた
そもそも婚約を破棄したいという理由などほぼ一つしかないというのに馬鹿なことを聞いてしまった
それでも美桜に幸せになって欲しくて必死だった