西城家の花
…誰にも打ち明けたことはないが、実のところ大志は随分前に一度だけ美桜と対面したことがあった
見合いの日、一目美桜を見た瞬間、どこかで会ったような気はしていて少し記憶を巡らせてみると、すぐに思い出した
あれはもう8年も前になる
西城はご存知の通り武道の家元で、元来家元の家系で生まれた子は早いものは産まれたときから将来の伴侶が決められており、大志の姉の満も大志が生まれるずっと前から既に婚約者という存在がいた
たった一人の跡取り息子である大志にももちろんそうなるはずだったのか、知っての通り幼少のころからこのような大柄な体格で、しかも感情を表に出すこともあまり得意ではなかったためか中々婚約が決まることはなかった
大抵相手側のご令嬢が、大志の姿を見るたびに怯えてしまい、その日も見合いの席で令嬢がわんわんと泣き出してしまったのである
そのおかげでその場が大騒ぎになり、皆が令嬢に気を取られているうちに、大志はその場からこっそりと抜け出していた
その時はどこかの料亭で見合いが行われており、大志は中庭に作られた庭園の茂みの奥にあった石造りの池の近くまで逃げ出していた
そこで誰かが自分が消えたことに気付き、探しに来るまで身を潜めていようとぼーっと池の中で泳ぐ鯉を眺めていると、突然近くの茂みがガサガサと動き出したのでそちらに注意を向けるとぷはっとそこから人の顔が現れたのである
『もぉー、爺様ったら本当にしつこいんだから。本当困ったおじい様ね』
茂みから顔を出した少女は、よいしょっと体をひねらせながら茂みから脱出すると、着物についた葉っぱを丁寧に払い落とした
『お兄様たちも、お兄様たちだわ。自分が爺様のお相手をしたくないからって、わたしに押し付けるなんて…………あら?』
突然茂みの中から現れた少女に呆気に取られていた大志に気付いた少女は、まぁと少し驚いたように口を手で覆ったが、しかしすぐに大志に向かってふにゃりと目を細め微笑んだ
『こんにちわ、あなたもこんなところでかくれんぼかしら』
その少女こそ、後に大志と婚約することになった、美桜であった
少女の時から既に美しかった美桜の笑顔に大志は一瞬だけ見惚れてしまっていたが、すぐに我に返り、すすっと後退りして彼女から距離をとった
ついさきほども彼女と同じ年頃の少女を泣かせてしまったばっかりの大志は、彼女も自分の姿を見て泣き出してしまうのかもしれないと恐れていたからである
しかし美桜はそんな大志の不可解な行動に首を傾げながら、ぴょんと跳ね大志との距離を一気に詰めてきた