西城家の花
しかし、美桜に手を握られていたおかげか先ほどまで沈んでいた気持ちが少しずつ穏やかになっていくのがわかる
やっと冷静になり、未だに不安そうにちらちらと大志の様子を窺う美桜に声をかけようと口を開けかけた時、美桜の身体がびくっと揺らいだ
そして焦ったように振り向く様子に大志は疑問を持ったが、美桜が振り向いたほうから微かだが人の声が聞こえてきた
『やっばっ。爺様から逃げていることすっかり忘れていたわ…』
美桜が大志の手をぱっと放すと、急に温かみがなくなった大志の手はゆっくりと重力の流れに沿って落ちていった
その手を大志がじっと見ていると、美桜は先ほど彼女が現れた茂みに急いで戻っていったのだが、何かを思い出したかのように顔だけ出して、声を潜めさせた
『それじゃあね。今度会ったときはちゃんとお話ししましょうね。泣き虫の熊さん』
そう言い残し、美桜は今度こそ茂みの中へと姿を消した
その少女は名前もわからなかったし、それ以降会うのことはなかったが、不思議と大志は彼女のことを忘れられるずにいた
それというのも、大志は救われていたのだ、彼女の『怖くない』という言葉に
彼女はあの時泣いていた自分を慰めるために咄嗟に口にした言葉だったろうが、毎度姿を見せただけで怯えられる大志はそれでも嬉しかった
たとえ世界中の人間が自分を怖がろうと、彼女だけは拒まないような気がして
まぁそれでも少女の前で大泣きしたということは大いに恥ずかしいことなので、ずっと誰にも話さないでいたのだが、幸か不幸か数日前に自分の婚約者として現れた美桜があの少女であると気付いたときはさすがに驚いた
しかし、美桜があの出来事を覚えているはずもなく、それどころか彼女の自分対する態度が昔のようではなく少し消沈してしまったのだ
所詮彼女も他の今まで出会った見合い相手と同じかと、期待していた分落胆してしまったが、やはり美桜はあの少女と同一人物だけあって毎回大志が予想もつかない行動に出ることがあり、落ち込んでいたことを忘れるぐらい呆気にとられる毎日だった
しかしやはり時折見せる美桜の反応に心がいたたまれなくなったから婚約を破棄しようと随分前から考えていたが、美桜との日々は大志が思っていた以上に心地よいもので、つい先延ばしにしてしまった
何も言わずに突然婚約を破棄してしまった大志に美桜は何を思ったのだろうか
たぶん彼女には無断で事を進めてしまったことに腹を立てられてはいるだろうが、内心安堵していることだろう