溺愛スイートライフ~御曹司に甘く迫られてます~
十九時を過ぎた頃、花梨はマシンルームで、問い合わせ対応のために立ち上げておいた端末を落としていた。問い合わせがなくても、毎朝立ち上げて、帰るときに落とす。
今日はみんなさっさと帰ってしまい、部長もつい先ほど帰ったので保守チームで残っているのは新條と花梨だけだった。
パソコンが終了処理をしている画面をぼんやり眺めていると、扉がノックされて新條が入ってきた。
「花梨、もう帰る?」
「うん」
「じゃ、一緒に晩飯行かない?」
「いいよ」
システム端末になっているパソコンは三台ある。花梨が次々に終了させているのを新條は壁にもたれて眺めていた。
終了処理が終わるのを待ちながら、新條が尋ねてきた。
「田辺さんはどんな感じ?」
花梨は苦笑して答える。
「不思議ちゃんだよね。着眼点が突飛すぎて、時々質問の意味がわからないことあるけど、まじめで意欲はあるし飲み込みも早いと思うよ」
「そっか。じゃあ、花梨も北斗も少しは負担が減るかな」
「そうだといいな」
そう言って互いに笑みを交わす。ふと、朝の冷たい対応を思い出して、花梨は新條に尋ねた。
「ねぇ、いつかはあんずって呼んであげるの?」
新條は不愉快そうに眉をひそめて、きっぱりと断言する。
「呼ばないよ。女の子は変な勘違いすると困るから」
なるほど。モテ男はそのあたり気をつけているらしい。その割に花梨に対しては一緒に新人教育を受けていた頃から気安かったけど。
三台のパソコンがシャットダウンされたことを確認して、花梨は席を立つ。
「ふーん。私は女の子じゃないのね」
出口に向かいながら嫌みのようにつぶやいてみる。新條の前を通り過ぎようとしたとき、いきなり腕を引かれて、よろけた花梨は背中から彼の腕の中に収まっていた。
「ちょっと!」
逃れようともがく花梨をきつく抱きしめて、新條が耳元で囁く。
「そうじゃないよ。花梨には勘違いされてもかまわなかったからだよ。勘違いじゃないけどね」
「え……」
いや、ちょっと待って。目覚めたって言ってたけど、この間じゃなかったの? 五年も前から? え、そんな素振りちっとも……。ていうか、自分のいったい何が気に入ったのか。
そんなことをグルグル考えながら頭が混乱するに連れて鼓動は早くなる。
混乱して固まっている花梨の様子にクスリと笑って、新條は腕を緩めた。そしてこみかみに軽く口づける。
「まぁ、その話は追々。とりあえずご飯に行こうか」
ハッと我に返った花梨は精一杯冷静を装って反撃する。
「だから、いちいちキスしないで。それに、ここ会社だから」