薫衣草荘の住人
正直。
この前、衣草さんを避けた時よりも更に
衣草さんに会いたくなくなってしまった。
それなのに。
心は空虚でどこか虚しかった。
愛し方がわからない。
それは、私にもわからない。
その時だった。
ピンポーン。
誰、だろう。
衣草さん、じゃないよね?
「は、はーい。」
私はおそるおそる、ドアを開ける。
「あー。君が、新しい子かー。」
「え…?」
そこには、見慣れない男の人。
「えっ…と。すみません、どちら様で…」
「あ、ごめんごめん。知らない人だからビビ
るよね。俺は美下 月人(みしも つきひと)
ね。よろしく。君の隣の部屋に住んでるん
だ。今まではちょっとアメリカで仕事して
たんだよねー。」
「そ、そうなんですね…」
「君の名前は?」
「あ…夏野 蜜柑、です。少し前に越してきま
した。よろしくお願いします。」
「うんうん。蜜柑ちゃんね。俺、可愛い女の
子、無条件で愛してるから!」
愛してる。
その言葉が月人さんから出てきた時、少し
びっくりした。
愛、とはそんな初めてあった人にも抱ける
程、軽い感情なのだろうか。
「月人っ!」
耳慣れした、声が聞こえる。
衣草さん…だ…
「おー!!薫ー!久しぶりーっ!」
「いつ帰って来たんだよ!?」
「えー、さっきさっき!今、蜜柑ちゃんと話
しててさー!」
「あ、夏野さん…」
衣草さんは私を見て、苦い顔をする。
私は咄嗟に言う。
「あ、のっ…!すみません。私、まだ頭の傷
が痛いので、もう休みたいです。」
「え!?蜜柑ちゃん、何かあったの?」
「この間、階段から落ちてしまって…昨日ま
で入院していたんです。」
「え!?まぢで?大丈夫?てか、ごめん。休
みたいよね。」
「すみません…あ、これからよろしくお願い
しますね。月人さん。」
私はパタンとドアを閉めた。