時渡りと桜
高校三年になる少し前のことだったろうか。
昼休み、友達の話の相槌もそこそこに、英単語を覚えようと単語帳を眺めていた。
いつも、私の机と隣の人の机をくっつけて、三人で囲むように座り昼食を取っている。
私の向かいに座る二人の友達の会話は、昨日のテレビドラマの話だったり、期末テストの結果についてだったりと、ころころ話題が変わる、他愛ないものだった。
だから、私の意識はほとんど単語帳に向いていた。
「ねぇ、昨日、桐生くんと双葉さんが一緒に帰ってたらしいよ」
二人の会話に突然、アイツの名前が出てくるまでは。
「へー、付き合ってたんだ。二人」
「桐生くんの彼女の話とか、今まで聞いたことなかったよね」
たしかに、今まで桐生に彼女がいるという噂は聞いたことがなかった。
思い返せば、男女ともに交友関係が広い桐生に、彼女がいないというのも不思議な話だ。
噂にはならないが、付き合っていた人は今までもいたのかもしれない。
双葉さんか……あまり話したことはないけど、おとなしくて、清楚な子というイメージだ。
――へぇ、ああいうのがタイプなんだ。
私とは正反対だ。
私は完全に意識が単語帳から離れ、桐生の彼女のことで頭がいっぱいだった。
「――ねぇ、夕!」
「っ………何?」
友達に呼ばれていることに気づかないくらいに。
「夕って桐生くんとよく話してたじゃん。何か知らないの?ていうか、夕と桐生くん、付き合ってなかったの?」
「よく話してたって……一年の頃だし。――それと、アイツと付き合うとかナイから」
「えー」
私の返答に、一人がつまらなそうに口をとがらせる。
「なんで夕って彼氏つくんないの?」
もう一人はこの話を、まだ掘り下げるつもりらしい。
うんざりしてため息をついた時、昼休み終了を告げるチャイムがなる。
「ほら、授業行くよ」
「ちょっとー!紛らわせないでよ」
私は無視して席を立つ。