時渡りと桜
「返事はしないけど、これだけ言っとく」
「?」
俯いていた私は、桐生の声に顔を上げる。
「『トモダチ』として、お前のこと好きだぜ」
…………。
嬉しいのか、悲しいのかよく分からない、複雑な気持ちになった。
「だから、俺も応援してる。目標見つけるの、頑張れよ。久留米 夕」
「………名前覚えてたんだ」
応援してる、という言葉も嬉しかったが、名前を呼ばれたことに驚いた。
「三年間も同じクラスだった奴の名前、もう忘れるわけねぇだろ」
「でも、今まで呼ばれたことなかったから覚えてないんだと思ってた」
名前を呼ばれる。
単純だけど、こんなに嬉しいことだったのか。
「――竜也ー!」
遠くから、桐生のお母さんであろう声が聞こえた。
「そろそろ出る時間か」
すっかり忘れていたが、今日、桐生は引っ越すのだった。
慣れない地での一人暮らしは大変そうだと思った。
それと同時に、家事をしている桐生を想像してしまい、可笑しくなって、笑った。
急に笑い出した私を見て、怪訝な顔をする桐生。
「桐生って家事できなさそうだなと思って」
「ほんとに失礼だな、お前」
私が笑いながら言うと、眉をひそめ、睨んできた。
「お互い様だよ」
「は?」
……こいつは自分の言動が失礼だと、自覚していなかったようだ。
なんでこんなやつを好きになったんだろう。
コイツが引っ越して行くことを、寂しいと思ってしまう自分がいるのが、なんか悔しい。