時渡りと桜
再生
私は、通学路の途中で立ち止まった。
私の家から、そう遠くない場所に流れる川。
名前は最近、ふと気になって調べてみた。
翡翠川(ひすいがわ)と、言うらしい。
小さな川だが春になると、川に沿って植えられた桜の木が、満開の花を咲かせる。
入学式の今日、ちょうど満開の桜が咲いていた。
私は今日から大学生になる。
川にかかる橋の中央、欄干に頬杖をつく。
水面を吹き抜ける風が頬を撫でていくのを感じながら、私は目の前の景色を眺めていた。
――最近、この景色を見たような気がする。
たしかに、一ヶ月前の卒業式の日も、私はこうやって川の方を見ていたけれど……。
その時は、桜はまだ咲いていなかった。
私が既視感を覚えた景色は、桜の花が満開である、今、目に映っているような景色だ。
でも、その日が、最後にここに来た日だったはず。
…………気のせいか。
そういえば、一ヶ月前ここにいた時、桐生が話しかけてきたんだっけ。
私は、卒業式の帰り道での出来事に、思いを巡らす。
その時、バッグから『ピロン♪』と電子音が聞こえた。
――あ、マナーモードにするの忘れてた。
スマホを取り出して、今来たメッセージを確認すると、桐生からだった。
『入学おめでとう!』という言葉と、かわいらしいスタンプが送られてきている。
そこで私は、桐生が通う大学の入学式も今日だということを思い出した。
『そっちもおめでとう』とだけ返して、スマホをマナーモードにしてから、バッグにしまった。