狼騎士と女の子
prologue
パチパチと火が燃えている。
月の無いこんな日は、この焚き火だけが世界を照らしていた。

木の根に腰を下ろしている短髪の銀色の髪に金色の目をした男の目に、たき火の炎がゆらゆらと映っていた。ふと隣りを見ると赤い頭巾を被った滑らかな黒髪のまだ幼さの残っている少女、結衣が寝ている。
結衣の吐息、寝言、全てが懐かしく愛しい。

寒くは無いか?もう少し薪を汲めるか?それとも暑すぎるか?やはり結衣ごとこの外套で包んで朝まで抱きしめて寝ようか?

俺が生きていたころは、俺の毛皮で良く寝ていたな・・・懐かしい。
彼女が側に居る事に安堵する。そしてまた結衣と一緒に過ごせると思うと、なんとも言えない気持ちになる。

幸せが、男の心と体を駆け巡り犬歯をむき出しにして遠吠えをしたくなる。
結衣はここに居る。俺が生涯を賭けて守る価値のある女がこの世界に居ると。叫びたくなる。

満月でもないのに、この高揚感は抑えるのが一苦労だ。
俺が叫んだら、せっかく寝た結衣が驚く姿が簡単に想像出来る。

男は高ぶる気持ちを抑える為、冷えた空気を思いっきり吸って吐く、のぼせた頭と体には丁度良い冷たさだ。
そして冷たい空気は熱い吐息に変わって男の口から出て行った。

見上げると月もない空には白い雪がゆっくりと舞い降りて来る途中だった。
「寒いわけだ・・・・」
男は立ちあがると、結衣の体を持ち上げて自分の羽織っていた外套をかけ、腕の中に外套ごと結衣を抱きしめって目を瞑った。




男は人狼族で聖王帝国イメルダの騎士をしている。そして、天啓通り空から落ちて来た赤ずきんの結衣の護衛を任された。

「グリフィスよ、天啓が下りた。今すぐ迷いの森に行って、赤い頭巾の少女を保護をし、この聖王帝国イメルダまで連れて来い!良いな」広間中に響く国王陛下の声に、俺は膝をついて右手を自分の胸にあて「仰せのままに」と陛下に誓った。

人狼は元々庇護欲が強く、護衛には適任という事で護衛を申し付けられたが・・・・人狼の庇護欲が働くのは『#番__つがい__#』と『自分が認めた#主人__陛下__#』だけであって、別に突然現れた少女に対して何の感情の湧かない・・・。

陛下は何を考えて俺に赤い頭巾をかぶった少女の護衛を任せるのだろうか?
まあ、面倒だが陛下の元に赤い頭巾の少女を連れていけば良いと、その時まで俺は簡単に考えていた。

結衣が空から落ちて来きて、俺の前世の記憶が蘇るまでは・・・。


一週間グリフィスは『まよいの森』を、見たこともない天啓の赤い頭巾の少女を探し続けた。
いい加減この世界に天啓の赤い頭巾の少女は出てこないと思った時だった。

聞き覚えのある犬笛の音が聞こえた。

しかも、その響きは助けを求める笛の音。

大事な何か?が俺を呼んでいる。

俺の助けを待っている。

早く、早く、急がないと!!

大事な何かを失う。


全神経を!気配を!探る事だけに集中したが、笛の音の俺の大事な何か?が見つからない。
途方にくれ空を見上げると・・・・見つけた・・・俺の大切な少女。


本当に空から赤い頭巾を被った少女が落ちてきた。
そして俺の耳に危険を知らせる犬笛の音が赤い頭巾をかぶった少女から聞こえた。


そして赤い頭巾を被った少女を見たのと同時に、俺の頭の中をグルグルと前世の記憶が蘇って来た。
ものすごい勢いで!生まれてから死ぬまでの一生を駆け足で頭の中を駆け巡った。


そして俺の頭は、空から落ちて来る少女を助ける事だけに全細胞が騒めき出した。人狼としての全機能を少女に集中し!渾身のジャンプで空から落ちて来る少女を抱きかかえると、そのまま少女に衝撃がかからない様に空気の抵抗を利用して着地し、恐る恐る少女を見た。

この少女は結衣!間違いない!俺の前世の主人だ。
結衣は俺を見るなり「小太郎」と言ってそのまま気を失った。

グリフィスはギュっと気を失った結衣を抱きしめ結衣の体の感触を味わった。
何処を触っても柔らかい体、少しでも力を入れると壊れてしまいそうな体、そしてその体から香り立つ石鹸の香りが鼻の奥を満たす。
腕の中の結衣が、懐かしく愛おしい。
前世の時の様に、結衣の鼻に自分の鼻を擦り付けた。
くすぐったそうにする結衣の反応に、自然とグリフィスの目から涙が溢れた。
結衣の頬にグリフィスの涙が溢れグリフィスはそれを長い舌ですくうと涙の塩っぱさと結衣の芳醇な香りに酔うようにグリフィスは何度も何度も結衣の頬を舐めた。己の匂いを結衣に染み込ませる様に。
何度舐めても結衣の芳醇な香りが消えるどころか益々香りが強くなって行くような気がする。

この行為が止まらない。
前世は良く結衣の顔を舐め回していた。結衣も「こら」と言いながらも嬉しそうだった事を思い出す。
早く目を覚ませ結衣、早く俺を見て笑ってくれ。
やっと会えた、俺の娘。
愛しい俺の結衣・・・。
グリフィスの長い舌が結衣の頬から首筋へ鎖骨の位置まで下がり邪魔になった服を引き剥がそうとした時、自分の行動と思考に絶句した。


・・・前世の記憶とは本当に恐ろしい。
いつの間にか俺の心を蝕んで、結衣が体の隅々に侵食していた。
絡まった糸のように解すことの出来ない心地良い侵食。

人狼としての誇り高い俺は、何処かへ行ってしまった。
それどころか、結衣を見付けてから誇りなんて今どうでも良くなっていた。

現世も前世も関係無い!
結衣が目の前にいる事が重要で、今まで結衣を忘れていた事が不思議なくらいだ。

誇りと引き換えに手に入れたのは、優しい前世の記憶と何者からも結衣を守る想いだった。

そして、俺の中の全ての優先順位が変わった。

俺にとって最優先は、結衣ただ一人!
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