缶コーヒーの人
連絡先を交換し終え、乗り換えの電車が到着したので、それに乗り込んだ。

当たり前ながら朝のこの時間は通勤通学ラッシュ、満員御礼。
すし詰め状態とは正にこのことで、人が酢飯のようにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
そうなると、自然と風見さんとも密着する形になる訳で……

「大丈夫?」

そう気遣ってくれる彼のシャツからはふわりと柔軟剤のいい匂い。

「はい、大丈夫です」

と言ってみたものの……私のお尻には明らかに人の手の感触。

さり気なくお尻に触れられるくらいの痴漢は慣れっこだったので、あまり考えないようにする。

でも今日の痴漢は少し大胆で、お尻を強く揉んだり、割れ目をなぞったり
不愉快な触り方をしてきた。


無言で雲った顔になる私をみて、風見さんは痴漢に気づき、険しい顔つきになった。
「警察に突き出す?」と耳元で囁かれる。

出勤前に面倒ごとは避けたいし、
何より、風見さんに迷惑を掛けたくないので、小さく首を左右に振った。


すると風見さんはスマートな動きで場所を代わってくれて、
嫌だったら言ってね、と守るように抱き寄せてくれた。


もう、かっこ良すぎでしょ……。


甘い匂いと、久々に感じる男の人の逞しさに、クラクラした。
それから10分程は、その幸せを噛み締めた。

いつも電車の数分の遅延にもイライラしてしまう私だけど、
今日ばかりは“人身事故でも起きて電車が止まればいいのに!”

なんて不謹慎なことを考えてしまった。
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