スイーツ王子と恋するレシピ
スイーツ王子はドSで辛口
小さな町にぽつんと建ったお菓子の家みたいな小さなお店。
ここは女性に大人気のパティスリー「シャルロット」だ。
オーナーの兄とパティシエの弟、二人で経営している。
都心から離れているにも関わらず、毎日たくさんの女の子たちがスイーツを求めやってくる。
オープン当初はそうでもなかったのだが、ある日、テレビ番組で紹介されて(芸能人が街をぶらぶらしておもしろい情報を探すという内容だ)その日から行列が絶えない。
弟の作るスイーツたちは見た目も可愛らしく美しくて大人気。
しかし、お目当てはスイーツだけではない。
「きゃー、け、恵斗さんが~」
「私の方を見て微笑まれたわ!」
「何言ってるの、私によ!」
ガラス張りの厨房から、弟の恵斗が行列の女の子たちに向かい、ニッコリと笑いかける。
弟の名は甘味恵斗。20歳。
7歳からケーキ作りをはじめたという天才パティシエ。
甘いのはケーキだけではなかった。
そのルックス、その微笑みは、どのスイーツよりも、甘く……
「きゃあ、け、け、恵斗さん…」
失神する女の子も続出。
この物語は、そんな甘~いマスクのパティシエ恵斗が、甘~いスイーツを作り、すべての女の子を甘~い気分へと誘うお話……
では、ない。
「フン。いやしいメス豚どもが」
スイーツを購入し、店を出た夢見心地の女子たちの後ろ姿を見ながら毒を吐く男がいた。
「どうせスイーツは別腹~、とか言ってんだろ。そんなのありえねーし」
その毒を吐いたのはスイーツを作った張本人。そう、パティシエの恵斗。
「け、恵斗! 買っていただいたお客様になんてことを」
オーナーである5歳年上の兄、雄大が恵斗をたしなめる。
「モテない女ほどスイーツ好きだよな~。男日照りが続くと甘いモノで寂しさをごまかすしかないから、さらにブタになるぜ」
「恵斗!!」
なんということでしょう! スイーツ王子恵斗の正体は、毒舌王子だったのです!!!
申し遅れました、私は「シャルロット」の新米従業員、見習いパティシエの安藤ココ。
恵斗さんと同じ20歳です。
「シャルロット」のケーキは大好きだし、天才の恵斗さんの下で働くことができて幸せ……だけど、
「なにボサッとしてんだ! さっさと洗い物しろよ!」
「は、は~い」
「お前もどうせここで働けば余ったスイーツ持って帰れるとかって期待してたんだろ?」
ぎくっ!
「残念だったな! ウチ人気あるから余らねーし!」
うっ、そ、そんなつもりじゃ、ないもん。……そりゃちょっとは期待してたけど。毒舌の上に人使い荒いのよね。ホントこの人、顔と腕だけはいいのに!!
営業時間は終わって、私は一人でせっせと厨房の後片付けをしていた。すると
「ココちゃん」
オーナーが優しく声を掛けてくれた。
「あ、オーナー。お疲れさまです」
「これ、ひとつとっておいたよ」
「え」
オーナーの手には小さな箱に入った苺のショートケーキが。
「恵斗には内緒だよ」
そう言ってオーナーは人差し指を立てて唇にあてた。
「ありがとうございます!!!」
や、優しい!! 弟と違って!!
後片付けが終わって、私はケーキの生クリームを一口指ですくってなめてみた。
お、おいし~い!!
一日の疲れなどいっぺんに吹き飛んでしまい、舌から頭、身体じゅうに幸せが広がる優しい甘さ。
これは恋だ。恋の甘さ。
毒舌だけど、確かに恵斗さんは天才だ。
そして私はさっきまでの恵斗さんに対する嫌味を反省した。
「あの、オーナー、もう少し残ってケーキ作りの練習していいですか」
「え、でも疲れてるだろう」
「いえ、今日見た恵斗さんの技術、真似してみたくて。忘れないうちに。いいですか」
「もちろんいいよ。道具も好きに使っていいからね」
「ありがとうございます!」
「明日も早いから、あまり無理しないようにね」
「はい、おやすみなさい!」
オーナーは二階へと向かった。この店の二階でオーナーと恵斗さんは暮らしている。
私は卵の卵白でメレンゲを作り始めた。今日、恵斗さんが鮮やかにマカロンとダコワーズを作っていた。余ったかけらを一口味見させてもらったが、感動的な美味しさだったのだ。
「どうやってこんな美味しいマカロンを作ったんですか」なんて恐ろしくて聞けない。
「どうやって」と「教えてください」はここでは禁句なのだ。
業務をこなすだけで、あっという間に月日は過ぎ去ってしまう。「シャルロット」でスイーツ作りの腕を磨きたければ、私は自分の意志で努力しなければいけないのだ。
私には目標がある。
私のおじいちゃんは田舎でケーキ屋さんを経営していた。私は小さなころからおじいちゃんの作るケーキが大好きだった。10年前、私が10歳のとき、おじいちゃんは他界してしまってお店も閉店してしまったけど、いつか私が後を継いでおじいちゃんのお店を復活させるんだ!
そう思っていた矢先、大人気の「シャルロット」が従業員を募集してることを知って、即応募したのだった。
「へえ。おじいさんみたいなケーキ職人になるのが夢なんだ」
面接のとき、オーナーはそう言って目を潤ませていた。
「あ、ごめんね、僕、いい話に弱くて……」
オーナーってすっごくいい人!
「がんばりますので、よ、よろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げた。
「うん、そうだね。でも、わかってるとは思うけど、パティシエの仕事は見た目よりもキツイよ」
「はい! もちろんわかってます! 体力には自信あります! 力仕事も大丈夫です! 朝早いのも慣れてます!」
「うーん、そうだね。それも大事だし……あとは……」
「あとは……何ですか!?」
私はごくんと唾を飲み込んだ。ここまで来たのだ、何としても雇ってもらわなければ!
「心が強くないと」
「心?」
そのときだった。事務所の扉が勢いよく開いた。
「兄貴! オレンジリキュールの注文、しておいてくれた?」
わっ!! スイーツ王子!! はじめて間近で見た!!
恵斗さんはテレビや雑誌でも紹介されたことのある有名なイケメンパティシエ。私も「シャルロット」での修行だけが目的、ではなく、本音を言うと恵斗さんに会いたいという気持ちももちろんあったのだ。
ナマで見ると、よけい、カッコイイ……。あ、よだれが。
恵斗さんは私をちらりと見た。
「従業員の面接?」
「ああ、そうだよ。安藤ココさん。おじいさんがケーキ屋を経営していたそうだ」
「ふーん」
恵斗さんは私の姿を上から下まで目でなぞった。どきどきどき。心臓が高鳴る。
「ココっていうよりも、ブタコって感じだけど」
ガーン!!!
そ、そりゃ、痩せているわけではないし、丸顔だし、ちょっとふっくら……してるように見えるかもしれないけど!!!
「金もらってケーキの作り方教えてもらって味見もできてラッキー、とか、どうせそんな甘いこと考えてろんだろ」
「こら恵斗!! 失礼だろ!! お前はあっちで仕込みしとけ!!」
スイーツ王子、ちっともスイートじゃないんですけど……。
唖然とする私。オーナーは気まずそうに咳払いをし、
「ごめんね、びっくりしただろう。弟の恵斗はパティシエとしての腕は確かなんだが、あの通りの毒舌で、今まで雇った従業員はみんな1日でやめてしまったんだ。店は毎日、忙しくなっていっているというのに」
「そ、そうだったんですか……」
あらら、オーナーたいへんそう。私は立ち上がった。
「大丈夫です! 私、心もかなり強いですから!!」
あこがれの「シャルロット」で働けるのだ。毒舌くらい、耐えてみせる!
私は力を込めて言った。
「私を雇ってください! がんばります!!」
オーナーの目からはらはらと涙が流れ落ちた。
「ありがとう! よろしく頼むよ!」
私たちは固く握手をした。じーん。感動。私も「シャルロット」の一員になるのだ。
「ふーん、じゃあ」
後ろから笑みを浮かべた恵斗さんの声がした。
げっ! まだそこにいたの!?
「どれくらい根性あるのか見せてもらうぜ、ブタコ。はははははは」
ひぇ~~~。
こうして私の修行が始まったのです。
毒舌王子に、ま、負けないんだから!
ここは女性に大人気のパティスリー「シャルロット」だ。
オーナーの兄とパティシエの弟、二人で経営している。
都心から離れているにも関わらず、毎日たくさんの女の子たちがスイーツを求めやってくる。
オープン当初はそうでもなかったのだが、ある日、テレビ番組で紹介されて(芸能人が街をぶらぶらしておもしろい情報を探すという内容だ)その日から行列が絶えない。
弟の作るスイーツたちは見た目も可愛らしく美しくて大人気。
しかし、お目当てはスイーツだけではない。
「きゃー、け、恵斗さんが~」
「私の方を見て微笑まれたわ!」
「何言ってるの、私によ!」
ガラス張りの厨房から、弟の恵斗が行列の女の子たちに向かい、ニッコリと笑いかける。
弟の名は甘味恵斗。20歳。
7歳からケーキ作りをはじめたという天才パティシエ。
甘いのはケーキだけではなかった。
そのルックス、その微笑みは、どのスイーツよりも、甘く……
「きゃあ、け、け、恵斗さん…」
失神する女の子も続出。
この物語は、そんな甘~いマスクのパティシエ恵斗が、甘~いスイーツを作り、すべての女の子を甘~い気分へと誘うお話……
では、ない。
「フン。いやしいメス豚どもが」
スイーツを購入し、店を出た夢見心地の女子たちの後ろ姿を見ながら毒を吐く男がいた。
「どうせスイーツは別腹~、とか言ってんだろ。そんなのありえねーし」
その毒を吐いたのはスイーツを作った張本人。そう、パティシエの恵斗。
「け、恵斗! 買っていただいたお客様になんてことを」
オーナーである5歳年上の兄、雄大が恵斗をたしなめる。
「モテない女ほどスイーツ好きだよな~。男日照りが続くと甘いモノで寂しさをごまかすしかないから、さらにブタになるぜ」
「恵斗!!」
なんということでしょう! スイーツ王子恵斗の正体は、毒舌王子だったのです!!!
申し遅れました、私は「シャルロット」の新米従業員、見習いパティシエの安藤ココ。
恵斗さんと同じ20歳です。
「シャルロット」のケーキは大好きだし、天才の恵斗さんの下で働くことができて幸せ……だけど、
「なにボサッとしてんだ! さっさと洗い物しろよ!」
「は、は~い」
「お前もどうせここで働けば余ったスイーツ持って帰れるとかって期待してたんだろ?」
ぎくっ!
「残念だったな! ウチ人気あるから余らねーし!」
うっ、そ、そんなつもりじゃ、ないもん。……そりゃちょっとは期待してたけど。毒舌の上に人使い荒いのよね。ホントこの人、顔と腕だけはいいのに!!
営業時間は終わって、私は一人でせっせと厨房の後片付けをしていた。すると
「ココちゃん」
オーナーが優しく声を掛けてくれた。
「あ、オーナー。お疲れさまです」
「これ、ひとつとっておいたよ」
「え」
オーナーの手には小さな箱に入った苺のショートケーキが。
「恵斗には内緒だよ」
そう言ってオーナーは人差し指を立てて唇にあてた。
「ありがとうございます!!!」
や、優しい!! 弟と違って!!
後片付けが終わって、私はケーキの生クリームを一口指ですくってなめてみた。
お、おいし~い!!
一日の疲れなどいっぺんに吹き飛んでしまい、舌から頭、身体じゅうに幸せが広がる優しい甘さ。
これは恋だ。恋の甘さ。
毒舌だけど、確かに恵斗さんは天才だ。
そして私はさっきまでの恵斗さんに対する嫌味を反省した。
「あの、オーナー、もう少し残ってケーキ作りの練習していいですか」
「え、でも疲れてるだろう」
「いえ、今日見た恵斗さんの技術、真似してみたくて。忘れないうちに。いいですか」
「もちろんいいよ。道具も好きに使っていいからね」
「ありがとうございます!」
「明日も早いから、あまり無理しないようにね」
「はい、おやすみなさい!」
オーナーは二階へと向かった。この店の二階でオーナーと恵斗さんは暮らしている。
私は卵の卵白でメレンゲを作り始めた。今日、恵斗さんが鮮やかにマカロンとダコワーズを作っていた。余ったかけらを一口味見させてもらったが、感動的な美味しさだったのだ。
「どうやってこんな美味しいマカロンを作ったんですか」なんて恐ろしくて聞けない。
「どうやって」と「教えてください」はここでは禁句なのだ。
業務をこなすだけで、あっという間に月日は過ぎ去ってしまう。「シャルロット」でスイーツ作りの腕を磨きたければ、私は自分の意志で努力しなければいけないのだ。
私には目標がある。
私のおじいちゃんは田舎でケーキ屋さんを経営していた。私は小さなころからおじいちゃんの作るケーキが大好きだった。10年前、私が10歳のとき、おじいちゃんは他界してしまってお店も閉店してしまったけど、いつか私が後を継いでおじいちゃんのお店を復活させるんだ!
そう思っていた矢先、大人気の「シャルロット」が従業員を募集してることを知って、即応募したのだった。
「へえ。おじいさんみたいなケーキ職人になるのが夢なんだ」
面接のとき、オーナーはそう言って目を潤ませていた。
「あ、ごめんね、僕、いい話に弱くて……」
オーナーってすっごくいい人!
「がんばりますので、よ、よろしくお願いします!」
私は深々と頭を下げた。
「うん、そうだね。でも、わかってるとは思うけど、パティシエの仕事は見た目よりもキツイよ」
「はい! もちろんわかってます! 体力には自信あります! 力仕事も大丈夫です! 朝早いのも慣れてます!」
「うーん、そうだね。それも大事だし……あとは……」
「あとは……何ですか!?」
私はごくんと唾を飲み込んだ。ここまで来たのだ、何としても雇ってもらわなければ!
「心が強くないと」
「心?」
そのときだった。事務所の扉が勢いよく開いた。
「兄貴! オレンジリキュールの注文、しておいてくれた?」
わっ!! スイーツ王子!! はじめて間近で見た!!
恵斗さんはテレビや雑誌でも紹介されたことのある有名なイケメンパティシエ。私も「シャルロット」での修行だけが目的、ではなく、本音を言うと恵斗さんに会いたいという気持ちももちろんあったのだ。
ナマで見ると、よけい、カッコイイ……。あ、よだれが。
恵斗さんは私をちらりと見た。
「従業員の面接?」
「ああ、そうだよ。安藤ココさん。おじいさんがケーキ屋を経営していたそうだ」
「ふーん」
恵斗さんは私の姿を上から下まで目でなぞった。どきどきどき。心臓が高鳴る。
「ココっていうよりも、ブタコって感じだけど」
ガーン!!!
そ、そりゃ、痩せているわけではないし、丸顔だし、ちょっとふっくら……してるように見えるかもしれないけど!!!
「金もらってケーキの作り方教えてもらって味見もできてラッキー、とか、どうせそんな甘いこと考えてろんだろ」
「こら恵斗!! 失礼だろ!! お前はあっちで仕込みしとけ!!」
スイーツ王子、ちっともスイートじゃないんですけど……。
唖然とする私。オーナーは気まずそうに咳払いをし、
「ごめんね、びっくりしただろう。弟の恵斗はパティシエとしての腕は確かなんだが、あの通りの毒舌で、今まで雇った従業員はみんな1日でやめてしまったんだ。店は毎日、忙しくなっていっているというのに」
「そ、そうだったんですか……」
あらら、オーナーたいへんそう。私は立ち上がった。
「大丈夫です! 私、心もかなり強いですから!!」
あこがれの「シャルロット」で働けるのだ。毒舌くらい、耐えてみせる!
私は力を込めて言った。
「私を雇ってください! がんばります!!」
オーナーの目からはらはらと涙が流れ落ちた。
「ありがとう! よろしく頼むよ!」
私たちは固く握手をした。じーん。感動。私も「シャルロット」の一員になるのだ。
「ふーん、じゃあ」
後ろから笑みを浮かべた恵斗さんの声がした。
げっ! まだそこにいたの!?
「どれくらい根性あるのか見せてもらうぜ、ブタコ。はははははは」
ひぇ~~~。
こうして私の修行が始まったのです。
毒舌王子に、ま、負けないんだから!
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