スイーツ王子と恋するレシピ
「さあ、開店10分前だ。ココちゃん、今日もよろしく。がんばろう」
 オーナーがそう言ったので、わたしも気持ちを切り替えて、

「はい! 今日もよろしくお願いします!」と張り切って言った。

 恵斗さんは引き続きケーキ作り。販売とカフェはわたしの仕事だ。よーし、今日もがんばるぞ!

 わたしは店を整え、看板を表に出そうと外に出た。すると、春だというのに黒いロングコートをすっぽり着込んだ男性が立っていて、店の中をのぞいていた。

「あ、い、いらっしゃいませ!」

 わたしは一瞬驚いたが、きっと男性だから店に入りにくいのだろうと思い、
「どうぞどうぞ! 中でゆっくりご覧になってください!」と男性に声をかけた。

「い、いいんですか?」

 男性はおどおどとした様子。
 やっぱり、恥ずかしいのね。でも、男性だって甘いもの大好きな人は多いはず! 恵斗さんのスイーツは男性も女性も夢中になるんだから!

 黒いロングコートに長髪。よく見ると、ビジュアル系バンドにいそうなくらい美形だ。

 …悪魔のショコラロールケーキ

 わたしは思わず心の中でそう呼んでしまった。
 だって、あのケーキのイメージとぴったりだったんだもん。

 悪魔さん(わたしがとっさにつけたあだ名)は店に入ると、「わぁ」と感嘆の声を漏らしながら恵斗さんの作ったスイーツを端から端まで眺めた。

 よっぽど好きなんだな、悪魔さん。

「そのケーキは」

 悪魔さんはさっきオーナーと試食をしていた「悪魔のショコラロールケーキ」を指さした。

 さすが悪魔さん! めざとい!

「これはまだ試作品なんです」

「じゃ、じゃあ売り物ではないんですね」

「はい。申し訳ありません」

 そのとき、オーナーがやって来て声をかけた。
「よかったら試食されますか」

「えっ!!」
 悪魔さんはびっくりして、あわあわと手を左右に振った。
「いいんですか! ボクなんかが!!」



 謙虚な人だなぁ。

「どうぞどうぞ。男性のお客様の感想もお聞きしたいので」
 オーナーがそう言い、そっと悪魔さんにケーキを差し出した。

「い、いただきます」

 悪魔さんは一口、ぱくりとケーキを口に入れた。


「…チョコとフルーツとリキュールがよく合ってますね。バランスがいい」


 あれ?
 悪魔さん、思ってたよりもケーキに詳しい?

「ええ、少し大人の味で…」
「このケーキの名前は」

 オーナーの言葉を遮るように悪魔さんは尋ねた。

 
「あ…」わたしは何だか、胸騒ぎを覚えた。
「オーナー、それ以上は…」言っちゃダメ。
 そう言おうとしたが


「悪魔のショコラロールケーキです」


 オーナーがそう告げると


「悪魔のショコラロールケーキ…」


 悪魔さんはそう呟き、「お邪魔しました」と言い、何も買わずに店を出てしまった。

「あれれ、なんだ、結局何も買わなかったね。今のお客様」
 オーナーはそう言ったけど、特に気にしている感じでもなかった。もちろん、試食だけして帰ってしまう客はめずらしくない。

 でも…
 なんでだろ、わたしは…

 悪魔さんのことが気になって仕方ない。

 いやな予感が…当たらなければいいけど。



 
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