スイーツ王子と恋するレシピ
王子と謎の王女様
「ご結婚されるのですか。おめでとうございます」

オーナーがそう言うと、女性は遠慮がちに微かに微笑んだ。

「ありがとう」

「お式はいつですか」

「今週の日曜日です。急でごめんなさい。でも、式っていっても親族だけで、こじんまりとなの。だから大きなケーキじゃなくていいの」

「そうですか、それでしたら、このサイズで……」

オーナーがカタログを取り出し、てきぱきと対応していると、

「兄貴!」

恵斗さんが怒鳴った。

店内にピリピリとした緊張感が走った。

「受けるなよ! そんな注文!」

恵斗さん……?

「帰れ! 帰ってくれ!」

女性は静かにうつむくように頷き、
「そうよね。ごめんなさい、今さら。今日は帰ります。失礼しました」

「あ、蜜子さん!」

オーナーは引き留めようとしたが、逃げ出すように外に出て行ってしまった。

「恵斗! せっかく来てくれたっていうのに、なんだあの態度は!」

「兄貴だって、知ってるだろ」

「……」
オーナーは黙ってしまった。

ってゆーか、この数分の間って、私、まったくの部外者! 蚊帳の外なんですけど! しくしく。
でも、仕方ない。私はただの見習い新人従業員。蜜子さんというあの女性と恵斗さんとの関係なんて、私とはまったく関係ない。
 でも、でも、気になる!


その日の恵斗さんは一日中、心ここにあらず。
スポンジを焦がすし、リキュールと間違って洗剤を混ぜようとするし。
こんな恵斗さん、はじめて見た。

「大丈夫ですか? 少し休んでください」

私は恐る恐る声をかけた。
 すると…

「ああ、ありがとう」

!?

ありがとう、ですって?
あの恵斗さんが! 毒舌王子が!
「余計な心配するな! ブタコのくせに」
と、言われると思ったのだ。なのになのに。
 調子狂っちゃう。


そんなわけで、恵斗さんはいつもの調子が出ず、スイーツもいつもの数の3分の1しか作れなくて、お店も早めに営業終了。

私は恵斗さんのことを気にしつつも、「お疲れさまでした」と行って帰ることに。

「お疲れさま、ココちゃん」
オーナーはいつも通り、ニッコリ笑って言ってくれた。

「今日はココちゃんの分のケーキが残せなくて、ゴメンね」

「いいえ、そんな…」

ためらったが、やっぱり、気になって仕方ないので、私は勇気を出してオーナーに訊いてみた。

「あの、今日、お店に来られた、蜜子さん、て女性は…」

オーナーの顔から笑顔が消えた。
 でも、わたしは質問を続けた。

「恵斗さんと蜜子さん、過去に何かあったんですか」

そう言ってしまって後悔した。部外者の私がこんなこと訊いて、いくら何でも厚かましすぎる!

「あ、すみません! ごめんなさい! 私なんかが立ち入ったこと聞いちゃって!」

私は慌てて謝った。しかし、

「恵斗には秘密だよ」

オーナーはウインクをして人差し指を唇にあて「しーっ」という仕草をした。

あれ、なんだ、教えてくれるの?
結構、口軽いんですね、オーナー。
って、また私、失礼なことを……。ホントすみません。


「もう10年以上前のことだけど……」

オーナーはゆっくり話し始めた。

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