スイーツ王子と恋するレシピ
小さな王子の心の中
彼女はお隣に住んでいた餅田蜜子さん。


恵斗よりも8歳年上で、小さい頃から人見知りで友達がいなかった恵斗にとって、ただ一人心が許せる女性だった。

まだ7歳の恵斗が自分一人ではじめて作ったケーキは、彼女の誕生日にプレゼントするためのものだったのだ。

「ええっ、これ、恵斗が一人で作ったの? すごい! ありがとう」
蜜子さんはとても喜んでくれた。
「恵斗はケーキ作りの天才かもね」

それからというもの、恵斗は毎日毎日、ケーキ作りに励んだ。
学校に行っている間にレシピを考え、帰り道に材料を調達して(親戚が商店を営んでいたので、余りものなどを分けてくれていた)家へつくなりすぐにキッチンに向かって作り始めた。

苺ののったショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ、シュークリーム、エクレア、アップルパイ……。恵斗は毎日違う種類のスイーツを考え、試行錯誤して、作った。

そして毎日、隣の蜜子さんに届けた。蜜子さんは、毎日喜んで受け取ってくれた。

「恵斗、いつもありがとう。毎日腕がどんどん上がってるわね」

「昨日のタルト、とっても美味しかった。フルーツを変えて、また作ってほしいな」

そう言われるたびの恵斗は幸せな気分になれた。そして、明日はもっと頑張ろうと思えた。
無口であまり笑うことのない恵斗だったが、蜜子さんに喜んでもらえたときだけは、自然と微笑みが生まれた。

しかし、ある日。恵斗は真実を知ることとなる。

恵斗のケーキ作りがはじまって90日が経った。
恵斗は90個目のケーキを持って、いつものように蜜子さんに家に向かった。玄関のチャイムを押したが、
誰も出てこなかったので、恵斗は裏庭へ回った。

すると、声がした。蜜子さんの声だ。

「やだ、お父さんたら!」

恵斗はこっそりと覗き込んだ。蜜子と両親の姿が見えた。

「昨日の恵斗のケーキ、食べてないじゃない!」
「毎日は無理だよ~蜜子」
「そうよ、お母さんもよ。毎日ケーキなんか食べたら太っちゃうしね」
蜜子の手には、前の日に恵斗から渡されたレモンタルトの入った箱があった。
「でも、毎日恵斗が作ってくれてるのよ」
箱を見つめ、困った様子の蜜子に、母は呆れた声で言った。
「もういいかげんに恵斗君のケーキ、断りなさいよ! 蜜子」
「……」蜜子は黙っている。
「どうせ蜜子は一度も食べたことないんだから」

 食べたことない……?

 一度も?

恵斗は頭が真っ白になり、持っていたケーキの箱を落とした。箱からはケーキの潰れる音が鈍く悲しく 響いた。

「恵斗!」
蜜子は恵斗の姿に気付いた。
「今の話……。聞いてたの?」
恵斗は無言でこくりと頷いた。
「そう……」
蜜子は唇を噛みしめたが、諦めたように口を開いた。
「ゴメンね]
蜜子はためらいながらも、言葉を続けた。

「私、実は、甘いモノ苦手なの」

 !!


それ以来、恵斗はもちろんケーキを作って蜜子さんに渡すことはしなかったし、たまに顔を合わせても話すことはなくなってしまった。
そしてやがて兄と「シャルロット」の経営を始めることになり店の二階で暮らしているため、音信不通になっていたのだった。


恵斗さんの過去にそんなことがことがあったなんて。

私はオーナーから恵斗さんと蜜子さんの過去を教えてもらって思った。

よっぽど傷ついたのね。幼い恵斗さん。だから今、あんなに毒舌に……。

でも、だとしたら……。

私は胸を痛めるのと同時に、うずうずと湧き上がる感情を抑えることができずにいた。
 
 だとしたら…。

 

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