スイーツ王子と恋するレシピ
王子とはじめての共同作業
「できました! 食べてみてください!」

恵斗さんの代わりに一生懸作ったキッシュ。
見た目は割とキレイだし、味だって、恵斗さんの作ったものに近いと思うけど……。

「全然だめだ」

一口食べるなり、恵斗さんはそう言った。

「生地がべたっとしてるし、玉ねぎのうまみが出てない」

「わかりました。作り直します!」
私は再び生地作りを始めた。

「もういいよ、ブタコ。もう夜が明けるぞ」

いつの間にか、夜中の3時を過ぎていた。

「あきらめよう。もう充分やったし、ブタコには感謝してるよ」

 私を気遣ってくれる。恵斗さんは本当は優しい王子様だったんだ。
 でも…

「いや!」

悔しさの涙が私の目からポロポロと溢れ出る。

「あきらめません!」

「ブタコ……」

「だって、だって…。やっと恵斗さんのケーキを、蜜子さんに食べてもらえるチャンスなんだもん」

7歳からケーキ作りをはじめた天才パティシエの恵斗さんと、同じ味のケーキを作るなんて、不可能なのかもしれない。

でも、恵斗さんの気持ちは理解できる。
大好きな人に食べてほしくて、喜んでほしくて……。
毎日毎日、心を込めてケーキを作った恵斗さんの気持ち……。


大切なのは、心。


「わかったよ。一緒に作ろう」

…え?

その瞬間、ふわっと温かく優しい空気に包まれるのを感じた。

後ろから、恵斗さんの手が伸びる。

 ええーー!! うそーーー!!!

恵斗さんが私を後ろから抱きしめるような形になった。
私の背中にぴったりと恵斗さんが寄り添う。恵斗さんの体温が伝わる。

「ケーキ作りは呼吸が大事だ。俺と息を合わせて、俺の右手になってくれ」

「は、はい! がんばります!」

緊張はだんだん解け、私はケーキ作りに集中した。
絶対作って見せる。恵斗さんの心を癒す、蜜子さんのケーキを。

恵斗さんと私は二人で一つになったように、てきぱきと生地をこねた。

「こんな形はどうでしょう。恵斗さん」
「よし、これでいこう!」

会話は最小限。だけど、こんなにも誰かと心が通じ合った経験は今までなかった。


そして朝。

出来上がったケーキを持って、私と恵斗さんは蜜子さんの元へと走った。

蜜子さんは和服姿で、家の前に止まっていたタクシーに乗り込もうとしていたところだった。

「蜜子!!」

恵斗さんが叫んだ。

蜜子さんは驚いて振り向いた。

「こ、これっ!」

息をきらしながら恵斗さんは大きな箱の入った紙袋を差し出した。

「俺とコイツで、作ったんだ。甘くないスイーツ」

「甘くない……スイーツ?」

恵斗さんは箱を開けると、ふわりと香ばしい食欲をそそる香りが立ち込めた。中には大きなハート型のキッシュが。
「私のために、作ってくれたの?」
 蜜子さんは瞳を潤ませながら言った。


「俺がパティシエになれたのは、蜜子のおかげだから」
 
 恵斗さんが力強くそう言った。

蜜子さんは頬につたう涙をぬぐいながら美しい笑顔を見せた。

「一口、食べてもいい?」

私は用意していたフォークを差し出した。「これ、使ってください!」
「ありがとう」

サクッといい音がした。蜜子さんは、丁寧に、キッシュを噛みしめ、味わった。

「おいしい」

 蜜子さんは溢れる涙を何度もぬぐいながら、一切れのキッシュを完食した。
 
「本当に、ずっと恵斗のケーキを食べたかったの。ありがとう。二人とも、元気でね」

 蜜子さん、お幸せに……。

 蜜子さんを乗せたタクシーが見えなくなるまで、私たちは見送った。


よかった……。本当によかった。恵斗さんも、蜜子さんも、過去の痛みから解放されたんだ。

私はホッとした。だけどそれと同時に力が抜けた。そうだ、私、徹夜でケーキ作りをして……。寝てないし何も食べてないし……。そう気付いたころには遅かった。

「ブタコ!!」


ドッターー!!!


 私はその場で倒れてしまった。



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