貴方が手をつないでくれるなら
「そうではないのですが、でも、大変申し訳ありませんでした」
…え?
「ちょ、ちょっと、止めてください。こんなところでそんな…いきなり、何ですか?何故貴方がこんな事を…違うって…どうしたんですか?止めてください」
頭を深々と下げたまま続けた。
「誤解させてしまった事も含め、謝ります。
その男は私の同僚なんです。日々、コンビを組んでいる相棒なんです。身内だからといって庇う訳ではありませんが、あいつは、口も態度も悪いですが、決して人の道を外れた男ではありません。酷い事を言ってしまったようですよね。貴女にも、早く、なんとか直接会って謝りたいと言っています。ただその為に、ここに現れては貴女をまた驚かせてしまうから。その…。
ひっそりと、張り込み…いや、いつ来られるか、陰から見張って…いや、んー、なんて言ったらいいか」
「私を捜していたのですか?」
顔を上げた。
「え?あ、まあ、はい、そうですね。捜していました。どこのどなたか解りませんから。それで…これ。あれ?…どこにいった?あれ?おかしいな…まずいぞ」
足元に紙が落ちていた。拾い上げて見せた。
「これ、違いますか?」
「あ、ああ、それです。あー、警察手帳を見せる時に…。挟んでおいたのに、うっかりした。
あの、それ、お渡ししておきます」
「え?」
「あいつの連絡先なんです。貴女から連絡なんて、可笑しい話なんですが。良かったら、ワン切りでも、嫌がらせの電話でも、馬鹿ってメールを送り続けて貰っても、何でも構いません。何か連絡してやって貰えませんか?
そしたら、あいつ、自分からアクション出来ると思いますので。
しつこいようですが、擁護する訳ではありませんが、根はいい奴なんです。言い訳ですが、あの日は何日も続いた仕事の後で、身体も脳も疲れていて…。本人的には冗談を言ったつもりのようです。あ、勿論、だからと言って、下品な事を言っていい訳ではないです。申し訳ありませんでした。
…あー、しまった。俺からは色々話さない約束だったのに。はぁ、ペラペラ喋ってしまった。…怒られるな」
…はぁ。
「私の事、調べようと思ったら調べられたのではないですか?簡単ですよね?」
「え゙?」
心臓をぐーっと鷲掴まれた気がした。
「だって、貴方方は本物の刑事さんなんですよね?テレビドラマでよくあるじゃないですか。ここら近辺をまず聞き込み?してみたら、身元は直ぐ解ったのではないですか?」
あ、今のは駄目ですよ。これでは貴女は近所に住んでいると言ってしまったも同然だ。
「あ、それは。あくまでこれはプライベートな事ですから。そんな事はしません。貴女も、人に聞いて回られては不快でしょ?」
…そう。プライベートな事で勝手に調べてはいけない、…いけなかったんだ。
「そうですね。……解りました。これは貴方の同僚を思う気持ちとして受け取ります。受け取るだけです。だから、…ごめんなさい」
ビリビリと町田と名乗る刑事の前でメモを破った。
「あ゙っ、…ぁ…」
「ごめんなさい。貴方が同僚思いの、とてもいい方だという事は解りました。だから受け取りました。
安心してください。個人情報が流出してはいけませんので、持って帰って更にシュレッダーにかけて捨てておきます」
あ、あ、…柏木、すまん、玉砕だ。撃沈だ。この人は機転が利くし、強い…中々手強い人だぞ。…それだけ傷つけてしまったという事かも知れない。
「捜査一課の柏木悠志さんをお尋ねして行けば会えますか?同僚なのですよね?」
…え。
「あ、は、い」
「その内お伺いしますと、お伝えください」
「あ、はい。あいつが居なければ、私が」
「クス。貴方と話して解決するのは望んでないのでしたよね?」
「…あ、あ、そうでした。いやぁ参ったな…」
「クスクス。貴方のような刑事さんも居るのですね」
「…え?」
物腰が柔らかで優しい顔つき…。俳優さんが演じる格好いい刑事さんみたいな人。なのに、凶悪な事件を扱う捜査一課の本物の刑事さんなんだ。……あの人も。
あの人は…、…。
「…それでは、もういいですよね?」
「え?は、い…」
軽く頭を下げて眞壁さんは立ち去った。
…柏木。眞壁さんが来るってよ。…本当かな。俺、簡単にあしらわれたんじゃないのか?