貴方が手をつないでくれるなら

選りによって…、あんな事を言った人が刑事だなんて…。
絶対、訪ねてなんか行かない。あんな事を言ったいきさつは、何となく町田さんという刑事さんの話で解ったけど。冗談だったとは言っていたけど…男だから、つい、口から出てしまったって事かしら。そういう事よね。私も子供では無い…男の人のそんな衝動、理屈では解らなくはないけど。だからといって…いきなり初対面の人間に言っていいって事にはならない。やっぱり変よ。…最低よ。…無類の女好きなのかな…。町田さんとは、見た目の印象も全然違う…。男臭い感じの人だったし…。


「はぁ、ただいま…」

「あ、日向…おかえり。どうした、また早いじゃないか。行ってたんだろ?もしかして……居たのか」

あ、溜め息なんかついたから。心配させてしまった。あー、もっと時間を潰して戻れば良かった。

「違う…、違うけど。でも何でも無いから」

「違うのか?大丈夫なのか?じゃあ、久し振りに行ったら様子でも変わっていたのか?」

「変わってないよ?……そうじゃないけど、何か…流れで帰って来ちゃった」

流れ?何の流れだ…。はっきり言わないところが、やっぱり何かあった証拠じゃないか。
日向は奥に荷物を置きに行った。

「本当に大丈夫なのか?」

「平気~。何も無いから~」

んん…信じて鵜呑みにしていいのか、…解らん。
少し緩んでいたのか、髪を結び直しながら出て来た。…気持ちの切り替えか?

「お兄ちゃん、お昼食べて?私が居るから」

「あ?ああ、うん。まだいいけど…」

どうも最近、日向にとって嫌な事が続いているようで…。定休日にでも並木道に行って見るか。何か原因が解るかも知れない。だけど、俺がまたそんな事をしてるって日向が知ったら…。
青ざめた顔で慌てて帰って来た訳でもない。過干渉は嫌われる元だと解ってはいるが。…はぁ。日向。もう二度とあんな目には遭わせたくない。だからどうしても心配してしまうんだけどな。



「おい、柏木。居た居た、耳貸せ」

柏木を見つけ勢いよく近づいた。

「…な…お゙。顔…、近い。…何だよ」

「…いいから…」

俺はデスクに居た柏木に屈み込んで耳打ちした。

「…何、……本当か?!」

「ああ、確かにそう言って帰って行ったんだ」

…フ。

「有り得ないな」

「ん?」

「向こうから来るなんて、有り得ない。話を切り上げたくてそう言ったんだろ」

「やっぱりお前もそう思うか」

「あ?フ。お前もそう思ったんだろ?」

「…まあな。だけど、ちょっと期待している事がある」

「何をだ」

「破いたメモだよ。彼女はそれを持って帰った。シュレッダーにかけると言っていたが、俺は、一度、パズルのように合わせて見るんじゃないかと思ってるんだ。だって、こう、バッグの中から一つ残らず破片を取り出すだろ?取り残しが無いか、中を確かめるようにしてさ。
そして何となく、破ってしまった事を悪かったかなと思いながら合わせて行くんだよ。
綺麗に揃ったところでジッと眺めてしまう。思わず番号を呟いてしまう。そしたらなんでだかセロハンテープを手にして貼ってしまう。そしてまた改めて手にして眺める。また呟く。何してるんだろう、私、って思う。テーブルの上にポンと投げてしまう。
やっぱり気になる。目がいってしまう。そしてまた手に取る。
何故だか携帯に番号を入れてしまう。そして…躊躇いながらもポチッと押してしまうんだ。するとお前の携帯が鳴る、なんてな?
ありそうじゃないか?」

ブー。携帯が震えた。

「お、おい。着信してるだろ?…まさか。来たんじゃないのか?見ろ、早く…、見てみろよ。切れる前に出ろ、早く!」

携帯をポケットから出した。

「あ、…。もう切れた」

「あ゙、何してる…。どうだ、彼女か?」

「そんなのは解らんだろ」

非通知ではなかった。番号はあった。

「あ、そうか。非通知か?」

「いや、番号は出てる」

「じゃあ、それ、そうなんじゃないのか?直ぐ切れた事だし。まさか、…アッチのオンナじゃないだろうな」

「違…馬鹿、俺はするだけの相手に番号は教えた事なんかない」

「…そんなオンナ居るんだな。最低、柏木さん、って、言われるぞ。最低の上塗りだな」

「フ。俺の私生活は何してようが関係無いだろうが。…最近どころか、…もう暫くそんな事してない、残念だったな」

「じゃあ、その番号はやっぱり彼女だよ」

「かも知れないけど、それはあくまで俺らの希望的想像だ。有り得ない妄想の延長に過ぎん」

「有り得なくは無いって。なあ、架けないのか?……待ってるかもよ?」

「様子を見てみる。100パーセントそうだと決まった訳でもない。ただの間違い電話だったから直ぐに切れたって場合もある」

「嫌に慎重だな」

「…はぁ、今更だけど、ある意味もう浮ついた言動は許されないからな。…最低の上塗りはごめんだ」

「なる程。いや、何がなる程だ。間違いでもいいから架けろ、早く。違ったら謝れば済む。そうだろ?
向こうの気が変わる前に架けてみろよ。縁は繋いでおくもんだ」

……何が縁だ。お前が何かにつけて繋がりたいんだろうが。
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