貴方が手をつないでくれるなら
「こんにちは、来てるんですね」
後ろから聞き覚えのある声が降って来た。
「…え?あ、町田さん…」
ここいい?って意味でベンチを指すから、頷いて、どうぞと言った。
隣に腰を下した。
「ご無沙汰してます。お元気そうですね。来たのが私ですみません」
袋からお茶とお弁当を取り出し、失礼しますと言って食べ始めた。
「あ、いえ、そんな、そんな事は関係無いです。町田さんもお元気そうで良かったです。あの」
「はい。有難うございます。柏木ももう少しで職場復帰出来ます。経過は順調なんで大丈夫、心配無いですよ」
柏木さんはどうですかと言う前に教えてくれた。
「あの…、あの時、怪我は、重傷だったと後で知りました」
「テレビの報道ですね?」
「はい」
「はぁ…そうなんですよね。あの時は、しくじりました。あまり大袈裟に心配させてもいけないと思って、大した怪我ではないと伝えたつもりだったんです。だけど、後から何度もニュースで出ちゃって…。失敗でした」
大きな事件、注目度の高かった事件だった、という事かも知れない。
「危ないと言えば、危なかったんですよ…」
箸を止めて、お茶を飲んだ。
「え?」
「血管が傷ついていて…。あ、大丈夫かな?こんな話」
「はい、…出血とか…克服したので大丈夫なんです」
「え?あ…そうなんですか?…」
しまった…言わなきゃ良かった。すっとぼけたつもりで曖昧に返答したけど。俺は眞壁さんの事件は表面上知らない訳だが…大丈夫だろうか。
眞壁さんもうっかりだろうが克服って、言ってしまってるけど。その理由を聞き返した方が自然ではあるんだが。
「では…続けますね。血管が傷つけられたから出血が多くてですね…一瞬、もしかしたらって思いました」
「え?そこまで…そんなに酷かったんですか?」
「…はい。生きていた…回復した今だから言えます」
食べ終わったようで空いた容器を袋に入れていた。早い…職業柄だと思う。膝に両肘をつき、前屈みでお茶を飲んでいる。
「今は自宅療養をしています。暫く何も出来なかったから身体も鈍っています。ジレンマですね。気持ちは元気ですから。早く動きたいって言ってます。実は俺と同棲してるんですよ」
「…え…えっ?お部屋、一緒なんですか?」
「あー、ハハ、いや。つかず離れずみたいな相棒ですが、ずっと一緒に暮らしている仲っていうのとは違います。違いますよ?今回に限りです。俺もあいつも独身だし、こんな時、甲斐甲斐しく世話をしてくれる女性も居ない。だから無茶をしないか見張る意味もあって、俺から進んで一緒に生活してるんです。本当はまだ病院に居なきゃ駄目なんで」
「あ…だから。そうですか。…こんな事を言っては不謹慎だと思うのですが、ちょっと楽しそうですね」
「あー、ハハ、かなり?まあ、煩いのは確かですよ?言い合う事が多いですからね」
「ご飯も町田さんが?」
「…そうです。大してした事も無かったのに、今回の事で大分作れるようになりました。あー、簡単に作れる物ばっかりですよ。ネットで検索して、その通りに作れば何とかなるものですね。案外、料理の才能、ありかも知れません。俺、暗記は割と得意なんですよ。だから見て覚えて、あいつの前ではシラーッと作って見せるんです。いかにも出来るだろ?みたいにね?」
「何か、思われては無いんですかね」
「んんー、多分必死で覚えたんだろって、バレてるとは思います。日頃から料理はして無いって知ってますからね」
「そうなんですね」
「はい、本当、普段から適当に食ってますから」
「独身の男の人ならそんなモノではないでしょうか。今は何でもあって、時間も関係無く便利ですし」
「それがいいような悪いようなですね。管理してくれる人も居ないから、ついつい好きな物ばかりを食べてしまいます」
「あー、それは、そうなりそうですね」
「あ、すみません、もう行かないと。あの、また俺から言う事でも無いんですが、あいつ、完治したら連絡して来ると思います。今は多分、何も言って来てないと思うんですが。ここに来られるようになったら連絡すると思うんで。あの…よろしくお願いしますね」
「あ、そんな。…ただ、会って無いままでメールなんかしてたから、不思議な感じなんですよね。大丈夫です、金曜以外も居て、会える確率を上げておきますから」
「そうですか、あ、それでは。…楽しかったです、話が出来て」
時計をチラッと見て走って行った。
「お仕事、気をつけて~」
声が届いたのか、走りながら振り向き、軽く手を上げてくれた。
「町田さんは話し上手な人だな…」