貴方が手をつないでくれるなら
「お兄ちゃん、晩御飯は何がいい?」
「あ?うん、そうだな…。たまには外に食べに行くか。どうだ?」
日向の気分転換になればいいかと言ってみた。昼から何だか様子が可笑しかった。塞ぐほどではないにしても、いつもより静かだった。
「…う、ん、今日は行きたくないかも。それはまた今度にしよ?」
「そうか、…じゃあ、…何でもいい、は禁句なんだよな?」
「うん、禁句」
「簡単な物でいいぞー?日向は?お前が食べたい物でいいぞ?」
店のドアに中から鍵をかけた。階段の明かりを点けてから、店の照明を消して一緒に2階に上がった。
1階は店舗、小物類等の雑貨屋で、2階が居住スペースだ。
「午後から何だか忙しかったね。プレゼント包装も多くて。今日は一緒に終わったから、今から作るとなると…、そうだね簡単な物にしようかな…。あ、パスタは?どう?…ごめん、よく作る定番だけど」
「ああ、いいよ、何でも。…あ゙」
「あー、今何でもいいって言ったぁ」
「ごめんごめん。つい、流れだ」
「そんな事言ってると、未来の奥さんに愛想尽かされちゃうからね?駄目だよ、気をつけないと」
未来の奥さん…ね。
「はいはい、そうだな、気をつけないとな」
「そうよ?…私の事は大丈夫だから、いい人見つけて結婚して?早くしないと、お兄ちゃんまで売れ残っちゃ駄目だよ」
「俺はいいんだ。日向と居るよ」
…お兄ちゃん。
「あ、カルボナーラとアラビアータ、どっちがいい?」
「どっちもだろ?」
「うん、流石。バレてる。二人で分けよう?いいでしょ?」
「ああ、いいよ」
「フフ」
鍋に水をたっぷり入れ、火にかけお湯を沸かした。
今は日向とこの家に二人で暮らしている。両親は二人一緒に事故で他界した。
元々ここは親がしていた文房具店だった。
内装に少し手を加えて文房具も残しつつ、メインを雑貨屋にした。奥のスペースはそんなに広くは無いが、ゆっくり買い物をして欲しくて、セルフの喫茶室にしてある。
どんなに過保護だと思われようと、俺は日向の側に居る。日向が一人で居る以上、心配で一人暮らしなんかさせられない。
日向にそれらしい彼氏が出来ないのは、昔の事件の事もあるだろうし、こうしてべったり近くに居過ぎる俺のせいでもあるかも知れない。
…未来の奥さんか……いいんだ、俺はこのままで。 日向が一生、一人で居るつもりなら、俺も一人で居る。
あの日、日向が帰って来た時から、俺は日向を抱きしめ、そう決めたんだ。
「お兄ちゃん、出来たよ。お皿出して?」
「あ、おお。んと……、これでいいよな?」
「うん。あ、やっぱりそっちの大皿にする。で、取り分けた方がいい。小さいお皿も出して」
「はいはい。片付ける皿が増えるけどいいのか?」
「…やっぱり…最初のお皿にする」
「はいはい、畏まりました。ハハハ」
事件を理由に、俺は、心のどこかで、ずっとこうして居たいと願って居るのかも知れない。日向に好きな男ができなければいいと。こうして居られたらそれでいいと。
あんな事が無くても俺は…。
「日向、風呂溜めて来るよ」
「うん。今日は、お兄ちゃんが先よね?」
「…ああ、そうだな」
俺と日向は血の繋がりがない兄妹だ。 両親はお互い、連れ子の再婚だった。俺は親父の子で、日向は義母さんの子だ。
ある日突然兄妹になった訳だが、二人共小さかったからだろう、何の違和感も無く兄と妹として暮らして来た。
…ずっと。