貴方が手をつないでくれるなら
「こんにちは…?」
「あ…、町田さん…。来てくれたのですね」
一人なのかな?チラッと町田さんの後ろに目をやった。柏木さん…遅れて来てる訳では無いみたい、一人のようね。
「はい、少しの時間ですが、食後の珈琲を飲みに来ました」
「奥にありますから、どうぞ」
「一人?」
店内を見渡して見た。お客さんも今は途切れているようだ。
「え?はい。あー、兄は交代で、今はお昼に出てますから」
…だと思った。一応念の為、確認してみたのよね。
「そうですか。ではちょっとお邪魔します」
「はい、どうぞ」
眞壁さんがお昼を済ませたら次はお兄さんの番だ。そう思って、眞壁さんが帰ってから少し時間を置いて来たつもりだ。予想通りだったようだ。
「あの…この前のお店、とても居心地が良くて、お料理も美味しかったです」
「そうですか、それは良かった」
セルフなのに珈琲をコップに入れて渡してくれた。近くにあった椅子に腰を下ろした。
「どうぞ。…あの、町田さん」
「有難うございます。…はい?」
「改めて聞く事では無いのかも知れませんが、あの…あの時のロビーでの…あれは、一体…」
「アレ?」
おっと、いけない。柏木相手と同じノリになるところだった。…危ない。聞き辛い事を聞こうとしているのに、困らせてはいけない。少し畏まった。
「あれは…いきなりした事は、すみませんでした。でも、どうしてもそうしたかったんです。…チャンスは少ない。俺はずるいんですよ?」
「え、…ずるい?あの…」
「はい。あれは…、そのまま、じゃあって別れたら、後で柏木が来た瞬間、貴女の頭の中から俺は簡単に消えてしまうと思ったからです」
「あ、え、それは、どういう…」
「手を繋いだのも、貴女に腕を回したのも、貴女に触れたかったからです。あ、すみません、もう時間がありません。ご馳走様でした」
代金を置く。立ち上がり、コップをごみ箱に片付けた。
出入り口に向かいながら足を止め、振り向いた。
「…それは貴女の事が好きだからですよ。だから、こうした…」
後ろからついて来ていた眞壁さんを抱き寄せた。
「あっ、町田さ、ん…困ります、お店でこんな…」
身体が少しのけ反った。強く引き寄せ過ぎたかな。
「いいですか?男とはこういうモノです。好きな人には触れたいと思うモノなのです。私は決していい人ではありませんよ?隙あらば、と思っているような姑息な男です。では、また」
交差した顔、耳元で囁かれた。…え、…あ。また何だかあの時と同じ。
肩を掴んでゆっくり優しく身体を離すと私を見て柔らかく微笑んだ。そしてまた瞬時に抱くと、あっという間に行ってしまった。
昼下がりから大分時間は過ぎていた。お客さんは居なかった。町田さんが来る前に、それまで忙しかった波が丁度引いていたところだった。
「日向、ただいま。変わった事は無かったかぁ?」
「…え?あっ、お兄ちゃん、お帰りなさい。うん、今日はてんてこ舞いする程じゃなかったよ」
「ハハ、そうか。なら良かった」
そして、今、入れ代わるように兄が帰って来た。
町田さんは、自分に取っての良い運を引き寄せる人なのだろうか。まるで全てのタイミングが町田さんに味方をしているみたいな時間だった。
それとも巧妙に図ったの?…好きだって言われた。本当…こんなのはずるいと思う…。