貴方が手をつないでくれるなら
フフン。免疫を作っておいて正解だったな。一度、抱きしめると言ってから実行すれば、多分、次からは大丈夫だろうと思っていた。
全く男性を受け付けられない程、深刻って事では無いのかも知れない。
それは彼女の中で、長い年月をかけて克服して来た事かも知れないし、今の本当のところだって、大丈夫かどうかは、まだ解らないのは解らない。
だが、抱きしめた事に驚いていたとしても、悲鳴をあげるような拒絶は無いという事だ。…初めて会った人間…、男は駄目だという事でいいのかな。
もしかしたら、手に触れる事だけが駄目ではなく、触れられる事全てが駄目なんじゃないかと思ったが。
抱きしめるという事。直接、肌に触れた訳では無い。…当たり前だ。それはどうなんだろうか。そうなった時、どうなるのだろう。…解らないな。
「あ、町田。柏木にはもう伝えたが、明日からまた、あいつと組め。…先生は終わりだ」
「はい、解りました」
また、元サヤって訳か。…久しぶりだな。コンビ復活か。何だか解らないが、あいつと組んでるとまた事件を呼びそうだ。暫く平和と言えば平和だったのに。…フ、あいつも同じ事を思ったかも知れない。あいつに取っては俺が事件を呼ぶってな。ま、職業が職業か。
こんな事がありました、なんて話す事でも無いのかな。
私はもしかしたら、ううん、もしかしたらでは無い。誰も好きだなんて、無いのかも知れない。…好きになった時に困るから。迷惑をかけるかも知れないから。だから人を好きにならないようにずっと過ごして来たつもりだ。
好きになろうとして人を好きになるものでは無いと思っていた。
いい人だと思う事は異性として好きなんだろうか。やっぱり“人”として好意があるだけなのだろうか。
コンコン。
「お兄ちゃん?ちょっといい?」
「日向、いいぞ、…あ、ちょっと待て」
もうドアを開けていた。上半身裸の兄は、頭から慌ててトレーナーを被っていたところだった。
「あのね、お兄ちゃん、ちょっと聞いて欲しい」
「何だ、悩み事で眠れないのか?」
「んー、違うけど、…眠れなくなるかも」
「まあ、座れよ」
「…うん」
ポンポンとマットを叩いている。ベッドに座った兄の横に腰を下ろした。
「どうした?」
「…うん。何だか解らなくて…。男の人を好きになるって事が、とにかく解らなくて」
…ふぅ。その類いの話か。
「簡単な事だ。あのな?そんな風に思っている内は、好きじゃ無いって事だ。以上、終わり」
「ぇえ?」
「あのな、日向…。好きになった人っていうのは…、特に、大人になってから好きになった人は、自分にとって掛け替えの無い存在だ。他の誰かでは駄目なんだ。そのくらいの思いになるはずだ。
…日向は、無理して人を好きにならないようにして来ただろ?そうだよな?俺には解からないけど、実際、心惹かれた人が今までに居たのかも知れない。でもそれも自分で押さえ込もうとしたのかも知れない。
十代や二十代の前半でも無い、もう大人なんだ。世の中の事も、いい事も悪い事も分別出来る歳だ。この人とずっと一緒に居たい、失いたくない、そう思えたら、その人でいいんじゃないかな」
「じゃあ、解らないって言ってる今は、このままでいいって事なのかな…」
「それは…日向の心の事だから、俺には解らないよ。聞いて来るくらいだから、まだそうじゃないって事じゃないのか?その人と発展するかどうかは、これからって事だな。まだその程度ってことだ」
「…男の人として、好きになるのかな…」
「だ、か、ら、俺には解らないよ。………刑事さんに言われたのか?…好きだって。いい人だって言ってたよな?あの威圧的な刑事さんの事」
「あ、…違うの」
「…は?」
何?あの刑事の事では無いのか。誰が気になってるというんだ…?