貴方が手をつないでくれるなら
「お兄ちゃん?」
「…ん?何だ?」
「アラビアータの方、多めでいい?」
「ああ、いいよ。日向はカルボナーラが好きだもんな」
「へへ、うん。有難うお兄ちゃん!」
「おっ、日向…、びっくりするだろ…」
日向は何も考えず、こうして簡単に抱き着いて来たりする。昔からだ。
…もう、大人だって言うのに。
ずっと甘やかしているせいだろうか。俺に対して、凄く子供っぽいままだ…。本当に…いつまでも子供のままだ。
「あのなぁ、日向?…、今日、何があったんだ?」
背中に手を当て少し距離を取った。あまり気にしてない振りで聞いてみた。
「あ、…それ、ね。んー。…ベンチに座って来た人が居たんだけど、…お昼ご飯を食べているその人が、お茶が無くて困ってたみたいだから、お節介だとは思ったけど、私のお茶を勧めたの」
「うん」
それだけではないよな。その後だ。
「そこまでは良かったと言うか…。…いきなり、手を掴まれたから…」
何だと?…はぁ…大丈夫ではなかっただろ…。
「日向…それって、一目惚れでもされたか?ハハハ」
わざと軽く返した。説明に何か抜け落ちている部分があるだろうと思うのは気のせいでは無いだろう。まず、その相手は間違いなく男だった。偶然触れた、では無い。日向は多分、直接渡すような事はしない。手を掴まれるには、きっかけが何かあったはずだ…。だけどそこに至るまでの事が…、日向が言い辛い事…か。
大した事では無いように返してみた。
「初対面の人だもんなぁ?そりゃあ、びっくりしたな。だから慌てて帰って来たのか」
「…うん」
「もう、あそこに行かない方がいいんじゃないのか?また会うかも知れない。そうなったらお互い気まずいだろ」
恐い思いをするかもしれないところにわざわざ行かせたくはない。
「う、ん…でも、あの並木道は凄く気分がいい場所だから…」
どこの誰だか解らない男の人に、変な事を言われたなんて、正直に言われた通りに話したら、お兄ちゃんに絶対行くなって言われてしまう。
そりゃあ、あんな事をいきなり言う男の人が、まともじゃないのは解ってる、恐いのは確かだけど…。
あの人だって、いつも居る訳でもないだろうから。今日はたまたまだっただけよ…。
「行く日を変えて行けばいいでしょ?居たら引き返すし」
…。
「夜行く訳じゃないんだし、ね?昼間だよ?」
…。
「近くに建物だって、人通りだってあるんだし。ほら、交番だって近いんだし。ちょっと離れてるけど警視庁だってど〜んとあるんだよ?」
「ん、そうだな…うん、解ったよ。取り敢えず、暫くは水曜日は止めろ。いいな?その人間に待ち伏せとかされたら嫌だろ?」
話の方向は、その人間が男前提になっていたが、日向は気づいていないだろう。昼間だろうと…本音は行かせたくは無い。会わない保証はない。
「うん、解った」
「冷めるから、もう食べよう」
「うん、食べよう」
日向は俺から離れて椅子に座った。
…はぁ、やっぱり恐い目に遭っていたのは間違いないようだ。