貴方が手をつないでくれるなら


部屋を出て階段まで行きかけて気がついた。あー、キャー、着替えなきゃ。バタバタとまた部屋に戻った。
危ない、パジャマのまま下りて行きそうになった。

急いでパジャマのボタンを外した。あ…、ん、もう!今日に限って被るタイプじゃ無いなんて…。半分まで外し縺れるようにして何とか脱ぎ、急いで服を着た。

部屋を飛び出し、階段を転げそうな勢いで駆け降りた。すぐ行きますって言ったのに。待たせてしまう。

裏口の鍵を開け、飛び出し、走った。前って言ったから、前に行かなきゃ。
角を曲がった。ドン。黒い塊にいきなりぶつかった。

「キャ」

これは恐くてじゃなくて、ただぶつかった事で出た声。ぶつかった時から相手は解っていた。
直ぐ腕に囲われた。反動で後ろに倒れそうな身体をがっしりと受け止められた。それ程勢いよく走り出していたんだ。

「…危ない、大丈夫ですか?」

「柏木さん…はい」

うわ、どうしよう。いきなりこんな…。

「どうして、俺がここに居るって…」

柏木さんに背中を支えられていた。

「何となく、です。…はぁ。柏木さんは、そのままの人だと思ったから」

「…んー、はぁ、何だか…参ったな。馬鹿が出てたって事ですね。…あー、これは返事に困りますね、気を遣わせてしまう」

「…そんなところ…こちらに気を遣わせるどころか、先に気を遣ってくれますよね、いつも。あの時、私の話だって、途中で遮ったじゃないですか…私…私は…」

話さないといけない事があるのに。

「あー、えっと、随分ドキドキしていますが、眞壁さん大丈夫ですか?」

「え?あ、あっ、ごめんなさい」

抱き留められていた身体を、今やっと離して一歩後退った。…腕の中でずっと話していたなんて。

私…、どういう風にしたら…。こんな気持ち…、解らない。自分からなんて経験が無い…。どんな感じでしたらいいのか解らなかった。こうなったらもう勢いだ。

腕を伸ばして柏木さんの脇に差し込んだ。身体を預けるようにして抱きしめた。

「お…眞壁さん?…これは…どうしました?」

「…解りません。…確認かもしれません。とにかく…解らないから」

迷惑かもしれない。

「…はぁぁ。それは願ったり叶ったりです」

「…え」

「さっき、ドキドキしているから大丈夫ですかと言いましたが、言わなければ良かったと、後悔していたところでしたから」

「あれは…、また、私に話をさせない為に言ったんですよね?」

「…バレていましたか…あ」

しまった。


「はい」

そうするのは、何故…。

「…それだけではありません。それもありましたが、偶然飛び込んで来た貴女を離したくなかった。だから、離れて欲しくなかった。完全に下心あり、からです」

「あの…、もう仕事は終わっているのですか?それとも、合間に来てくれたのですか?直ぐ戻らないと駄目な…」

「どっちだと思います?」

「終わったから来てくれた方だと思います」

「…正解です」

「柏木さんはそういう人だって、柏木さんが言いましたから」

「…はい」

「今から散歩しませんか?駄目?」

「それは…俺は構いませんが、お兄さんは大丈夫なんですか?」

「はい、兄はつい最近、寛大になったばっかりなんです。それに…」

「それに?」

「相手に任せておけばいいみたいです」

「ん?」

身体を離された。上着を脱いでいる。着せてくれた。

「何があっても全力で守りますが、やはりこのような薄着では寒いですから、嫌でなければこれを着ておいてください。
…確認したい事があります。髭は大丈夫だと言った。髭に触った事は?」

「…え?髭ですか?無いです。触るなんて…そんな機会…。父も兄も生やしたことは無いですから」

「では触って見てください。俺のは硬くてじょりじょりしますよ?」

躊躇いは無かった。言われるがまま手を伸ばして指先で顎に触れてみた。

「あ、本当…短くて硬くて、フフ、じょりじょりしますね。硬い…」

鼻と唇の間の髭にも両手で触ってみた。

「こっちは少し長くて…あまりじょりじょりってしませんね。でも、んー…同じかな…」

「そのまま、触れてみませんか?」

「え?もう触ってますよ?」

目が合った。眼差しに熱を感じた。

「あの…」

「俺の唇に…。手首を掴みます。後頭部、押さえます」

え、え?ぁ…ん?…………ん…。言われた通り、髭に触れていた手を掴んで下ろすと左の手首を掴まれ頭は押さえられた。…唇が触れた。突然触れた唇は、顔つきとは違って、とても柔らかくて…。屈み込み、下唇を挟むようにして重ねられた。ゆっくりと食まれ続け重ねられた。微かに当たりながら擦れる髭がチクッとしたり、こそばゆいようで…。

やがて両手で顔を挟まれ、覆いかぶさるようになっていた影は離れた。

「…ん。…すみませんいきなりこんな事。すみません、驚かせてしまった。許可を待たず、すみませんでした。…眞壁さん」

わっ!ギュッと抱きしめられた。ん゙、なんて…屈強な身体…力強い…苦しいくらい…。
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