貴方が手をつないでくれるなら
「柏木さん…私…」
「あー、エクレア、食べます?いいですよ、どうぞ?ガブッとやってください」
まただ…どうして?私が改まった話をしようとする度、遮るように話をされてしまう。
ケーキセットは既に運ばれていた。
「はい。好きなので遠慮なく頂きます」
…もう、食べてやる。エクレアを手に取り半分まで食べた。
「う、これ…、美味しいです…凄く。すみません!ダイレクトに食べちゃったけど、…嫌じゃ無かったら食べてみてください。あ」
本当に遠慮なく食べちゃった。お皿に戻す間はなかった。
「では、…頂きます」
あっ。そのまま手を取られてパクパクと食べられた。最後に髭が指に少し当たった。…あ、あ。
「うん、…美味い」
………っあ。
慌ててフォークを取った。フイルムを巻き取ることもせず、端にフォークを突き刺した。
「き、きっとこのピスタチオのケーキも美味しいですよ。…ん、美味しい…」
まだエクレアの味が残る口に一口分、押し込んだ。
「そうですか、それは良かったです」
…こっちは?食べないのね?……はぁ。フォークを定位置に戻し、ゆっくりとミルクティーのカップに手を伸ばした。
食べ終わるとそろそろと店を出た。
「手、つなぎますよ?」
「あ、はい、…あの」
「はい」
今度は遮られなかった。…何だか、そうなると話せなくなった。
「いえ…何でも無いです」
「もう少しで着きます」
「あ、はい」
そうなんだ…。
「ここです。すみません、煙草臭いかもしれませんが入ってください」
「はい…お邪魔します…」
ドアを開けられた。本当だ、煙草の匂いがした。ソロッと入った。玄関で脱いだ靴を横に揃えた。一目で部屋中が見渡せた。
「ハハ、狭いでしょ?驚きました?」
「あ、いえ」
驚きはしない…。
「取り敢えずセキュリティーは万全なんですが、部屋数は俺には必要無くて。寝に帰るだけですから、これで充分なんです。狭いですよね」
1Kの部屋に大きなベッドが我が物顔で鎮座していた。これではね、ベッドの為の部屋みたい。
「すみません、ちょっと先に風呂に入って来ます。直ぐです。適当に、と言っても座れないか。好きなようにしててください」
「はい…では、ここに」
多分お風呂といってもシャワーを浴びる程度なのだろう。ベッドの端を借りて座っている事にした。
ぐるりと視線を巡らせても…何も無いと言っても間違いじゃないくらい、ごちゃごちゃしていない、余計な物が何もない。説明された通り、シンプルな寝る為だけの部屋って感じだ…。
「ふぅ。ちょっと失礼」
…あっ、もう?考え事をしてたのはちょっとの間だと思ったのに…早い。
「はい」
お風呂から出た柏木さんは、腰にバスタオルだけの格好で前を通り過ぎ、多分下着の類いだと思う。それとスウェットを取り出し、また前を通り過ぎた。
「すみません、いつもの癖でうっかりしました。いや、最近怪我してて良かった。じゃなきゃ今頃、スウェットも着ず、パン一でうろついているところです。あー、すみません、パン一とか…下品で」
浴室で声がした。
「大丈夫です、うちにもパン一でうろつく兄がいますから」
「そうですか。では裸にも免疫はあるんですね。ちょっと煙草いいですか?」
スウェットを着て戻って来た。
「はい…どうぞ…」
と言っても、兄と柏木さんでは……違う。
煙草と灰皿を手にカラカラと戸を開けベランダに出た。
「あの、柏木さん…」
「ん…、はい?」
ベランダの手摺りに手をつき、煙草の煙を吐き出す背中に声を掛けた。