貴方が手をつないでくれるなら
「…あ、居た居た。爽!」
遥…。久しぶりだな。何しに来たんだ。何でもない顔で…よく平然と来れるよな。
「ねえ、今、一人よね?日向ちゃんは…お昼?そうよね?」
店内をキョロキョロと見渡し声を潜める。
「……珍しいな、連絡も無しに昼間に来るなんて。仕事は?いいのか?」
「本当はもっと早く来たかったの。爽に話したい事があって。ねえ?最近、何か変わった事無かった?
あったでしょ」
聞いてないな、俺の言葉なんて耳に入らないようだな。余程のことか、一体なんだってんだ。
「…何が言いたいんだ。言いたい事があるから来たんだろ?」
来た時から顔がそう言ってるじゃないか。言いたくて堪らないって。
「ちょっとこっちに来て」
腕を引っ張る。
「あ、おい、何だよ。…店に人が居るんだ。レジから離れる訳にはいかない」
「ちょっとよ。直ぐ終わるから、いいから早く来て」
スタッフルームの前まで引っ張られて来た。
「…早くしてくれよ」
店内に目を配った。
「解ってるってば。あのね日向ちゃんの事なの。…私ね、見ちゃった。日向ちゃんが朝帰りしてるところ。ね?内緒で部屋、抜け出してたんでしょ?そうでしょ?爽が朝帰りなんて許すはずないから。こっそりだったんでしょ。フフ、知らなかったでしょ?そういうことしてるんだよ。そんな男の人が居るのよ?日向ちゃんには」
…フ……その事か。朝帰って来たらイコール男なのか…。例えそうだとしても、喜々として話しに来た事に嫌悪感を感じるよ。…告げ口じゃないか。そもそもここら界隈を朝、遥だってうろついていたって事だろ?それも何をしていたのかと思えば恐いところだ。
「解った。いいからもう帰れ」
遥の背中を押して店のドアの前まで連れて来た。
「あ、ちょっと。そんなに押さなくても。怒ったの?ねえ、ちょっと、爽…。押さなくても帰るわよ…」
「いいか。日向に会っても何か言うんじゃないぞ」
ドアを開けた。
「もう帰ってくれ」
腕を引いて外に促した。
「あー、もう、帰るから。解ってるわよ。知ってるって事は内緒にって事でしょ?あ、日向ちゃんの事、怒っちゃ駄目よ?ね?じゃあね」
…フ、…ハハ、…ハハハ。俺の演技も捨てたもんじゃないかもな。目茶苦茶、不機嫌な顔をしてやった。
何が怒っちゃ駄目よ、だ。秘密を共有したとでも思ったのか。そんな事、言われなくてもこっちは知ってる。
突然現れたと思ったら、鬼の首でも取ったような顔で…告げ口しに来るなんて…。はぁ。
日向が居ない時を選んで来たんだろうが。
…はぁ。日向が俺に、つき合っている事を隠している男が居た。日向の弱みを握って、それを俺に言えば、俺が日向を諦めるとでも思ったんだろ。そして自分に向くかもって。
…生憎だったな。
あの夜、日向と柏木という刑事が下で会っていた事は直ぐ解った。上に一緒に居るんだ。部屋からあんなに勢いよく下りて行ったら、何事だろうと思う。覗いて見るじゃないか。解らないはずが無い…。
帰って来るなと取れるようなメールをわざとしたんだ。…朝帰りは朝帰りだ。日向は朝ご飯の仕度に間に合うように帰って来た。柏木と手をつないでな。後ろをついて歩くようにして。
あの刑事は、朝もちゃんと送って来たという事だ。夜じゃ無いからといって、一人で帰すような事はしなかったんだ。
そして、日向が家に入れるのか、見届けてから帰って行った。
俺は見ていた、…何もかも知っていた。
柏木悠志です。と、名乗って始まるメール。朝、受け取っていた。
あの日、朝ご飯が出来て、日向が起こしに来るまで、俺は寝たふりをしていたんだ。