貴方が手をつないでくれるなら

…んん…ん…ん?…お兄ちゃん…ん?…違う、この匂い…違う。
あっ、…柏木さん。そうだ、ここは柏木さんの部屋だった。すっかり眠っちゃったんだ…。はぁ、…ん、何、時?あぁ、まだ早い…、はぁ…良かった。ここから家に帰るまでの時間、考えてアラームをセットしてなかった。家で起きる時間でセットしたままだった。早く目が覚めて良かった。今から帰れば充分間に合うと思う。

…はぁ。…。

目の前にあるのは紛れも無い柏木さんの胸なのよね。…はぁ、…どうしたら。何も無いけど外泊しちゃった。どんな風に家に帰ればいいの…。お兄ちゃん、どんな顔するかな。外泊なんて初めて…何て言われるんだろう。…どうしよう。

「ん…もう起きたんだ。…おはよう…」

え?

「…帰らないといけないな。んん、送るよ」

「あ、おはようございます。あの、いつから…」

「はぁ…ん?ちょっと前から起きてた」

…寝られなかったのかな。あ、頭…撫でられた。…あっ。私……。

「直ぐ出られる?俺、このまま一緒に出て、帰りはランニングするから」

「あー、はい。出られます。あの、でもちょっとだけ、待ってください。洗面所をお借りしたいです」

「うん、あっちね、解るよね?」

「はい」

身体をずらしてまず足を下ろした。

「転ぶなよ?」

え? 後ろから聞こえた声に身体を捩った。

「ん?ああ。立って直ぐ慌てると、起き抜けは割と転ぶもんだから」

「…はい」

柏木さん、ちょっと感じが違う。感じと言うか、言葉遣いが違う、何だかフランクになってる。…朝、だから、柏木さんも、起き抜けだからかな。歩き出しに少しよろけて、小さくトコトコと歩いて洗面所に行った。

鏡を見た。…はぁ。手で顔を覆った。思考が止まりそう。…洗った。…鏡を見た。…夕べは夜だったから。何も思わずそのまま飛び出して。…はぁ。どうにかしたくても何も持ってない。…このままで、すっぴんで帰るしかない。
何かした訳では無い…そんな気まずさでは無い。顔を合わさず、柏木さんが起きる前、もっと早く帰っていたら良かった…。今更だ…恥ずかしい。

「大丈夫?」

外から声がした。

「キャ…、あ、今のはびっくりしただけです、大丈夫です。ごめんなさい」

慌てて返事を返した。はぁ…出なきゃ。ドアが当たってはいけない…ゆっくり開けて出た。

「…何だか……ボーッとして、直ぐって言ってたのに、ごめんなさい」

すっぴんの顔にどうしようかと悩んでたなんて言っても…。なるべく顔を見られないようにうつむいていた。

「…フ。そんなの気にしなくていい。すっぴん、綺麗じゃないか」

また頭に手を乗せられた。え?…。柏木さん?…。

「どうせ、恥ずかしいからどうしようとか、考えてたんだろ」

ポンポンとしてから、自然に腰の辺りに腕を回された。…ぇえ?

「携帯だけだろ?ほら、持って来た。帰ろうか」

私の携帯。柏木さんの手の中にあった。

「は、い…あ、はい」

柏木さん?…別人?
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