貴方が手をつないでくれるなら
…雨になったか。車のフロントガラスにポツ、ポツと大粒の雨粒が打ち付けられ始めた。ハンドルを掴み、ガラス越しに空を見上げた。…はぁ。鬱陶しいな。雲が黒い…直ぐに強い雨になりそうだ。
あれから、あのベンチに何度か行っては見たが、中々会えないでいた。勿論、俺の方も思った以上に時間に余裕も無く、会った時と同じ時間帯に行けもしないのだが。正直、焦っていた。早く謝りたい。
…やはり来ていないのだろうか。だとしたら、それは俺のせいなんだろうな。はぁ、…今更ながら…、なんて軽率な事を。…はぁ。くそー、最低だ。
コンコン。カチャ。
「はぁ、さみー、濡れたー」
窓を素早く叩いて乗り込んで来た。町田が買い出しから戻って来た。
「おぅ、悪かったな。…雨になった」
「ああ。天気の事だから仕方ないな。曇ったと思ったらあっという間に雨だ。水も滴るいい男、てな。で、動きは?」
肩から腕についた水滴を撫でるように払っている。
「いや…まだだ。フ…滴る程濡れてないじゃないか。湿ってるだけだろ?」
「湿ってるってな…。人を、カビの生えた腐りかけみたいに…。ピチピチの男盛りだっつうの。
そうか、動かないか」
今は町田と張り込み中だ。
「ほら、ご希望のおにぎりな。今日は俺もだ」
「…サンキュ」
袋ごと受け取った。
「ところで、あっちの方はどうなんだ?」
「アッチ?」
…。
「阿保~、そっちのあっちじゃない、…下ネタじゃない。眞壁日向さんの事だよ」
「解ってるよ。あぁ、…いまだ、会えずだ」
「そうか…。やっぱりもう来ないのかな、お前を警戒して」
「…かもな」
「ん、まあ、しょげるなって。あー、お前が刑事だって事は知らないよな」
「あぁ、そんな話は何も…。お茶だけだ。…はぁ、マジ一生の不覚だ。申し訳なくて、…謝っても、許して貰えないだろうけど、早くきちんと謝りたい…」
「お前にしては落ち込んでるよな」
謝るだけじゃない、それだけ気になる人って事か…。相手の事情を知ったからか…。
「純粋な…傷つけてはいけない人を傷つけたんだ。落ち込まなかったら人間じゃないだろ」
「まぁな、知らなかったとは言え…てところもだよな。あのな、俺も見てるんだ、時間がある時」
「あ?」
「あのベンチだよ」
「…あぁ。…ぁあ!?お前…」
「まあまあ、落ち着け。別に抜け駆けとかじゃなく、取り次ぎだよ。取り次ぎの為にだよ。言っただろ?俺はこの見た目からしても警戒されないだろうからって。ま、仲介料は取らないから安心しろ」
「仲介料って…そういう事じゃ無いだろ」
お前…狙ってるだろ。
「余計な事は一切俺からは言わないから。ただ、もし俺の方が先に会ったら、お前の連絡先は教えるぞ?それはいいだろ?」
「まぁ、連絡はして来ないだろうけどな」
「解らないだろ?第三者となら話も円滑に進み易いかも知れないし。期待は出来ないけど、その流れでお前に連絡をくれるかも知れない」
…。
「何にせよ、会えなきゃ始まらないだろうが。それとも、また職権濫用するのか?…。住所を知る事は簡単だけど、今回それをしたら更にプライバシーの侵害、益々嫌われる元だ。まして、俺らは、もう、しちゃいけない事をして彼女の昔を知ってしまってる。この事は本人には言えないだろ?」
お前が謝るってことも事情を知らなければ本当は過剰なことになるのかもな。ただ偶然行きずりの人間がしたこと、言ったことだ。
「…ああ」
「まぁ、今は目の前の仕事だ、仕事。折角お前の好きなおにぎり買って来たんだ、食えよ。お茶もちゃんとあるだろ?ん?」
「…ああ」
…お茶を取り出し一口飲んで袋に戻した。
「もう要らないのか?相変わらずだな」