貴方が手をつないでくれるなら
…はぁぁ。
頬を両手で押さえた。きっと高揚してる。
意を決して家に入り階段を上がった。一段一段、ゆっくり、なるべく音を立てないようにして上がったつもりだ。ドキドキした。
お兄ちゃん…。鍵を開けたついでに、ご飯を作っているのかもと思った。
…私の番だけど。
キッチンを覗いて見たが姿は無かった。……ほ、……居ないってことは。
部屋に居るんだ…。
取り敢えず着替えようと、自分の部屋に行く事にした。
…お兄ちゃん。帰ったって、先に声を掛けようかな。その方が自然?よね……部屋の前を通り過ぎてしまった。
やっぱり…先に着替えよう。
さっと脱いだ時、僅かながら煙草の匂いがした。
…こんな時って、この煙草の匂いにも敏感に反応されていたかも知れない。先に着替えて正解だったかも。
急いで服を着て部屋を出た。
キッチンでエプロンをした。いつものようにご飯を炊き、玉子焼きを作り、魚を焼いた。つもりだった。
色々失敗した…。
サラダを作っていたら、いつの間にか野菜を沢山ちぎっていて、いつもより多めのサラダになってしまった。
やっぱり気になる事は先に済ませておけば良かったかも…。
卵も一つ多く割ってしまったし、塩鮭は片面を少し焼き過ぎてしまった。お皿の上で何となく下側にした。…はぁ。
お味噌汁に葱とお豆腐を入れて火を止めた。
…ふぅ。…出来た。
起こしに行こう、か。
コンコン。…ん?返事が無い。
「お兄ちゃん?ご飯出来たよ?…お兄ちゃん?」
声を掛けたらいつも返事があるのに…。眠ってる?……起きてるよ。…やっぱり、怒ってるんだ。
「…お兄ちゃん?…入るね?」
ベッドを覗き込んで見た。…寝てるのかな。瞼は閉じていた。
「お兄ちゃん、…ご飯出来たよ。もう起きる時間…。…お兄ちゃん」
少し身体を揺すった。
「日向、起きてるよ」
パチッと瞼が開いた。
「あ、わ、お兄ちゃん…」
「さあてと、…着替えるか。…居るのか?俺の裸、そんなに見たいのか?」
「…もう、…ごめん…」
「後で聞くから」
「え?あ、うん。…ごめんなさい。…何も連絡しないで」
「その事は後だ…。ほら、パンツだけになるぞ、出た出た」
「うん」
「あ、ご飯、装って冷ましておいて、味噌汁も」
「解ってる」
…日向。はぁ…帰って来た。
【柏木悠志です。昨夜、何も言わず妹さんを連れ出しました。申し訳ありませんでした。今から送って行きます。
一晩帰らずご心配されたと思いますが、心配されるような、そのような事はしていません。
妹さんの携帯を勝手に見てアドレスを入手しました。その事は後で妹さんに謝ります。
一度きちんとご挨拶に伺わせてください。
連れ出したのは私です。私に責任があります。妹さんを叱らないでください】
…はぁ。こんなものを朝から貰って…。朝帰りとか。機会があったなら、こんな形でなくても、今までにあったかも知れない事だ。
俺に挨拶とは…、親が居ないという事は知ったようだ。
…何より、心配するような事はしていないだと?…俺にそこまで言うか?普通…。どっちだとしても、触れない部分というか、口に出さないだろ。……。
叱るも何も…叱るなら、黙って出掛けていたという事にだけだ。…後は自己責任だ。
俺は出て行った事を知っていたからな…。行方不明になったのとは違う。今回、その心配は初めから無かった…。
あったのは…違う心配だ。