貴方が手をつないでくれるなら
珈琲を口にした。
「そうですか…貴方に話しましたか。……貴方は刑事だ。それを知って、どう思いましたか?…中学生の女の子が、二十代の男に連れ去られて、五日間も一緒に居た」
…。
「職業柄でもいい、何を想像します?」
どうしても、敢えて俺の口から言わせたいのか…。
「すみません。…何かされやしなかったか、心配します」
「うん…。貴方は他人でも日向の事を知っている人です。だから言葉を選んで言ってくれた。
…世間は違います。最初は無事に戻って来られて良かったと言ってくれます。だけど、どこかで…耳に入ってくるんです。どうせヤラれてるんだろって。女の子の誘拐なんて、それが目的に決まってるって。…口さがない。世間とはそういうものです。好奇の目に晒される、という事です。
言われてしまう事、それは仕方がないと言えば、仕方のない事なんでしょうね。そういった事件だって実際あります。…何かされてたって、されて無かった事にして、通しているだけだろって。…酷いもんです。絶えず噂されました」
…テーブルの下、膝の上で拳に力が入った。初めて会った日、自分の言った取り消せない軽率な言葉を思い、心底申し訳ない気持ちになった。
「日向の事は、親父と俺とでずっと守って行こう、そう思いました。
日向は持って生まれた性質が元々明るくて…だから、日向のそういったところに救われたと言うか…。日向は強くなりました。明るく強く過ごしていました。子供っぽいというのか、掴み所が無いような、天然みたいなところ。
もしかしたら、日向自身、そういう人格を作って生きて来たのかも知れません」
…。
「…はぁ、それから…、まさか親父と義母さんが死ぬなんて、思いもしなかったです…」
…。
「日向はうちと家族になった事で、悪い方に運が変わってしまったんじゃないかと、考えた事もありました」
「…え?すみません、妹さんとお兄さんは…」
「はい、義理の兄妹ですよ?」
「…そうなんですか。俺はてっきり…。二人はお母さんの方の子供で、お父さんとの再婚だと思い込んでいました」
「違います。俺は父親の子で、日向は母親の子です」
はぁ…では、二人は血の繋がらない、他人…。あぁ、だから…お兄さんは。心配する事にも、色々なモノが複雑にあるんだ。そういう事だな。
「…想像通りですよ」
「え?」
「私は日向の事が好きです。…妹としてではありません。肝心の日向は、私の事を兄としか見ていませんが。…兄に対する感情だけです。他に何の感情も一切持っていません。聞いた訳ではないですが、それは間違いありません。日向の感覚は、最初からずっと私と家族なんです。私は違います。
幼かったとは言え、日向を好きな事は初めて会った時から始まっていたのだと思います。自分でも気づいていなかったでしょうが。…可愛いと、思った。それが好きだったという事ですね。
新しく家族になると言われて、突然家に来た小さくて可愛い女の子。…日向の事が可愛くて、いつも一緒に居ました。
こんな言い方は、…これも手前味噌と言うんでしょうが、日向は本当に可愛かった。天真爛漫で元気一杯で。愛くるしい女の子だった。それまで親父と二人だった味気無い家の中が、家族となって明るくなった。…日向は年々綺麗になっていった。勉強もよく出来た。親父も自慢の娘でした。本当の親子以上に親子だった…」
目茶苦茶、好きだって。愛しくて堪らないと、繰り返し言われているようなものだ。それは妹としてではない、一人の女性に対する、長年持ち続ける思い…。
「妹さんも言っていました。お義父さんの事が好きだったと。…俺が煙草を吸うので、その匂いがお義父さんみたいだと…とても懐かしがっていました」
「はぁ、…そうですか。私も昔は煙草を吸っていました。逆ですね、だから煙草を止めたんですよ。日向が親父を思い出して辛いんじゃないかと思って。でも、どうやら…今は違うようですね。すみません、これではうちの思い出話ばかりをしてしまいそうだ。キリがない。そろそろ本題に戻さないといけませんね」