貴方が手をつないでくれるなら
「貴方の部屋に行った。それだって…貴方の事だ。準備万端だった訳ではないでしょう」
ん?何の、…どこまでの準備、何の話だ。
「独身の男の部屋だ。予備の布団なんて無いでしょ?」
あ、…。そこか。
「はい、何もありません」
「ん?」
「あぁ、言われたように、予備の布団なんてありません」
「ソファーがあるのかな?」
何だか…尋問されて、事情聴取されてるみたいだな。何か本当はしただろって。無い事の、自白の強要か?
俺、刑事なんだけどな。それだけ気になる、心配だって事だ。
「ありません。うちには、ほぼ何もありません」
「では、寝るのは当然一緒だった、という事になりますね?」
「…ベッドに一緒に、です」
「それは、それも貴方の中では、何も無かった内に入る事なんですね?」
「いや…」
ふぅ、…この後、どんな言葉を繋げて来るんだ…。何から何まで全部謝らないといけなくなるのか。開き直っちゃ駄目だな…。お兄さんにしてみたら…何から何まで気に入らない事だ。
「男女が一つのベッドに。やむを得ない状況だとでも?
日向では無い、違う女性とベッドに寝たとしても、それはなんでも無い、当たり前の事という事になりますね?」
「違います。同じ位置で比較しないでください。何でも無い違う女性と寝る事はありません。どうしてもそうなるなら俺は床に寝ます」
「では日向の時には何故床に寝なかったんでしょう」
あ゙。目茶苦茶問い詰めてくるな。さっきから…、兄というより、男としての嫉妬なんじゃないのか?詰められても仕方ないことか。
「何もしなくても、下心です。妹さんの事が好きだからです」
「…フ。全然、弁解しないんですね」
「ぇえ?」
「申し訳ない。さっきから、随分意地悪く…しつこく聞いたのに。ベッドしか無いんだから仕方なかったとか、寒いから床はちょっときついからとか、言わないんですね。…好きなんだからいいじゃないかという、変に開き直った言い方もしないんだ。…辛かったでしょ」
辛かったとは、今の質問の事なのか、それとも、男として何も出来なかった事が、なのか。…。
「…それは…はい。すみません…男ですから。理性は妹さんの言葉で保たれたのかも知れません」
「日向が何か?」
「布団に入る事に何も躊躇が無かったはずは無いと思うのですが、むしろ、戸惑いしかなかったと思います。先に……、信じている、と言われました。それから、お義父さんの話をしましたから。それで理性を失ったら、俺はアウトです。男としても人としても信用は無くします、駄目です」
「なるほど、目に見えない親父が見てると思った訳だ」
「そう思いました。妹さんを見守っているはずだと」
「こんな話、するつもりは無かったんです。…無粋だし、野暮じゃないですか」
俺が、はい、とは言えないな。
「何も無いような、あるような…。少なくとも日向の中に貴方は居ると思います。日向が男の人にどういう感情を持っているのか、私には解らない事です。日向は昔の事があるから、好きだと思っても諦めてしまうかも知れない」
「…はい」
「もしそうなら、それを変えてくれるのが、好きになった男の仕事だと思います。駄目でも簡単には諦めないのでしょ?確かそう言った。貴方の思うようにしてください。私の許可なんて初めから要らないモノです。貴方の同僚の町田さんなんて、私の居ないのを見計らって来てたようですし。それもまた、一つの戦略でしょ?どうやら彼はぐいぐい押して来るタイプのようだ。のんびりしていたら、日向の気持ち云々より、あっという間に町田さんのモノになってしまうかも知れないですよ?」
町田、読まれてるじゃないか。これは俺に発破をかけているのか。
「こうして挨拶をしたいと、直接顔を見せてくれた事は、とても誠実な行為だと思っています。日向の昔の事を知って、恋愛する事が大丈夫なのか、気遣ってくれた部分があっての事だと思っています。…実際、先に進んで行けば、男女の事にぶつかる訳ですから。
日向には、出掛ける事と、帰らない事くらいは連絡するようにと言ってあります。後は私が口出す事はありません。問題は当事者で解決するだけですから。
私の方が話が多くなりましたね。そろそろお開きにしましょうか、いいですよね?」
「はい」
「日向が気にして待ってます。メールでもしてやってください。それでは、また?かな。失礼します。今日は有り難う」
「はい、有難うございました」
立ち上がって頭を下げた。
…ふぅ。基本は兄であり親でもあり、そして、本質は、誰にも負けない強い思いの一人の男でもあり、って感じだな…。一番近くでずっと守ってきた…。