貴方が手をつないでくれるなら
「柏木さんは、やはり、余計な事を言わない正直な人だったって。
口出しする訳では無いけど、もう一人の刑事さんは、恋愛の上級者のようだから、対処に困ったら翻弄されてしまうかも知れない。私には手に負えない相手かもなって。私は何も免疫の無い恋愛初心者だから、って」
俺は…お兄さんにお墨付きを貰ったって事かな。
「兄にはもう言ってあります」
「え?」
「今から散歩して来るからって」
「…あ。そうですか…解りました。では、行きましょうか」
「はい」
「手、あ、もう掴まれてるか。でも…手を繋いでも大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
繋ぎ直してしっかり握った。
「…柏木さん?」
「はい」
「どうして、また、眞壁って呼び方に…。前に日向って、呼びましたよ?」
「あー、それは…、気持ちに勢いがあったというか、…そう呼びたかったというか、そんな感じからでした」
「そうですか。では、言葉遣いがちょっと変わっていたのも、そういう感じからだったのですね」
「え?何か違ってましたか?」
「え?はい。ラフな感じに。これは想像ですが、あの話し方って、多分、町田さんと話をする時みたいな感じなんじゃないかなって思いました」
「…すみません、あまり記憶が無いです」
「今みたいに丁寧に話してくれるのも好きですが、フランクな感じでいいですよ?友達ですから。
それに私は年下ですから」
「解りました。ではいいようにさせて貰います。…多分、下品な言葉遣いになってはいけないと思っているところがあるから、余計こんな風になってるんだと思います」
「下品ですか?男の人だから、そんな事は無いと思います」
「いや、下品です。実際言葉遣いとは別に、下品な事も言った。日頃から乱暴な言葉を聞き慣れているし言ってます。麻痺しているようなところもあります。ほぼ男社会ですから。女性に聞かせられないような事も平気で言ってます。
寒くないですか?何だか、今夜も慌てて下りて来て貰ったみたいだ」
「では…上着を貸して貰えますか?」
さっと脱ぐと袖を通しながら着せてくれた。…コートみたいになる。煙草の匂いが少しした。…好き、この匂い。
「勿論です。必要な物があったらコンビニに寄る?…化粧品とか」
それって…。部屋に。柏木さんの部屋に無いから…って。……。
「あ。…はい。寄ります。プリンも買いますか?」
「プリン?あぁ、駄目です。あのプリンはここからの通り道には無いコンビニの物ですから」
「そうなんですね。別のでは駄目?」
「駄目ー。ハハハ。敢えて別のを食べたいとは思わないし。好きだと言っても、それ程では…そんなに頻繁に食べたい訳でもない。プリンは町田の気分に合わされているようなところがあるかな」
…。
「言ってもいいですか?」
「ん?何を?」
「兄が…、何かあったらって、解らない先の事を心配するなって」
「ん?」
「いつ誰に何が起きるか解らないのは、兄だって私だって解らない。みんな同じだって」
うちの親父達だってそうだったじゃないかって…。
「あー、…なるほど」
刑事という職業で、俺を敬遠するなと、援護射撃でもしてくれたのだろうか。
「それから、これは完全な冗談なんですが、もし、柏木さんに何かあっても、俺がずっと一緒に居るから大丈夫だって」
…ハ、ハ、あー…それは冗談では無いと思うが。逆に願ってたりしてなぁ…。
「だから、自然に、…逆らわずに…、素直な気持ちでつき合うといいって」
「そうですね。何も心配は要らないですね。お兄さんが居る。一度何かあった時の事、想定しておけば、諦めて受け入れられるかも知れない」
「え?」
「俺が不意に死んだ時の事です」
…。
「それは…誰であっても、考えるのも想像するのも嫌です…」
あぁ、…俺は…両親を不慮の事故で亡くしている彼女に、死という言葉を安易に言うなんて…。
少し慣れて話していると、こんな事に…。