貴方が手をつないでくれるなら
…お、…これは奇跡だな。間違いないよな。
俺の方に縁があったか…。
「すみません、お寛ぎ中、ちょっと失礼します」
「は、い……え?」
……また?…、また黒ずくめの男。はぁ…、やっと来れたと言うのに。
ニコニコと腰が低くて愛想がいい。…この顔…もしかして………ホスト?
あの男も…言動からして、そうなのかも知れない。…もしかして同じ店の…同僚?
帰る準備、しておいた方がいいかな。
本をしまった。
「あの、ごめんなさい」
「は、い?」
「間違っていたら凄く失礼なんですが…」
「は、い、何でしょうか」
ん?これってちょっと俺に好意的なんじゃないの?
「貴方も、…その…女性を探しているとか…でしょうか?」
「え?あー、そうと言えば、そうですが、違うと言えば違うかな?…だけど参ったな…鋭くて。実は…」
…はぁ…。急いで立ち上がった。…濁してるけど否定はしなかった。また嫌な思いはしたくない。
「あなたに。あ、ちょっとちょっと、待って。違いますよ。私は…えーっと、こういう、…あれ?どこだ?」
バッグを手に足早に歩き始めた。
男は胸の辺りを叩いてみたり、ズボンのポケットに手を入れたりしているようだ。
「あ、あったあった。あ、ちょっと!待ってください」
追い掛けて追いついても、腕を掴んだり、肩に手を掛けたりしないように気をつけた。
急いで前に回り込み、探し出した身分証を開いて見せた。
「私、警視庁捜査一課巡査部長、町田大祐、と言う者です。あ、待って、驚かないでください。ただの身分証明のつもりで見せただけです。その、突然話し掛けては私と言う人物が怪しいでしょうから。だからです」
「…刑事さん?」
…本物?
「はい。平たく言えば、お巡りさんですね」
「…馬鹿にしてます?」
「あ゙、いや、…そんなつもりでは、…参ったな…手厳しいな。ただ、こんな物を見せると…偉そうにとか、権力を振りかざして、なんて、皆さんに…あまりいい顔はされないものですから」
「刑事さんが私に何かご用でしょうか」
刑事…そんな職業の者に関わりたくないに違いない。話は聞いてくれそうだ。まあ、取り敢えずってとこかな。身分証をしまいながら続けた。これ…信用してくれたかな…。
「はい。最近、私のような黒いスーツを着た、背の高い男に、ここで声を掛けられませんでしたか?少し柄の悪い、髭面の男です」
「これはお仕事なんですか?」
「はい?」
「先程、貴方は身分証明の為に…、怪しい者では無いという証明の為に、手帳を見せたと言いました。でも、今、尋ねられた事は、お仕事のように取れますが」
「あ~、凄い。鋭い指摘だなあ」
やっぱり、見た感じ通り、聡明な女性だ、頭の回転が速い。
「はぁ……あの、その男の人は一体…、どういう方なんですか?悪い人なんですか?…会ったのはここでお昼の時間帯に一度だけです。
確かに…私、口に出し辛いような嫌らしい事をいきなり言われました。それがとても不快な事で…。
あの、何か、そう言った類いの事で、容疑のかかった人なんですか?他にも被害に遭われた方が居るんですか?…連れていかれたとか……私が知らなかっただけで、指名手配とか、されてる人だったんですか?
確かに、不精髭のような状態の髭があったと思いますが。逃亡中とかですか?…疲れてるって言ってました。徹夜明けだと。それが手なんですか?
…私、ここにも、やっと来れるようになったんです。あれから何日も、近くまで来て様子を窺って、あの男の人…見掛けないから、もう大丈夫だろうって。
でも、本当に危ない人だったんですか…」
…はぁ、…柏木、やっぱお前、悪い人だよ。このままじゃ立派な変質者…容疑者だ。
「ちょっと待ってください。誤解です」
あ、いや、部分的にあるって言った方がいいのか。