貴方が手をつないでくれるなら
率先して歩いていたはずの足が止まってしまった。
「すみません、戻りましょう」
「え?」
「散歩は終わりだ」
「え、あっ」
今までゆっくりと歩いて来た道、くるりと向きを変えた足取りは自然と早くなった。
「あの、え?柏木さん?」
「やはり俺では駄目だと思います。俺はがさつ過ぎます、…デリカシーに欠けてる」
傷つけてその上、気を遣わせるばかりだ。自分が好きだからと言って、何も…一緒に居るのは俺じゃなくてもいい。自分の事、もっと早くに、まともに考えるべきだった。
「え?」
「好きだと言った事は忘れてください」
「え?柏木さ、ん?」
まだそんなに家から離れてはいなかった。遠くたって歩いていれば嫌でも着いてしまう。
「鍵をかけられているでしょ?持ってなんか無いでしょ?」
「…はい」
「開くかどうか確かめてください」
店の裏に着いていた。言われるままノブを回してみた。
…。
「…開きません。鍵がかかっています」
「では、お兄さんに連絡を」
チャイムは一応あるけど、携帯を鳴らしてみた。
…。
「…駄目です。出ません」
…。
「柏木さん…、帰ってくださって大丈夫ですよ。ここなら一人で居て大丈夫ですから。あとは自分でどうにか出来ます。あ、上着、有難うございました」
着せて貰っていた上着を脱いだ。また、フワッと煙草の匂い…。これが柏木さんの匂い。
ブー、…。
「あ…兄です。お兄ちゃん?帰りました。え?…うん、下に居るよ。…鍵が…え、でも、…うん…うん、解った。
柏木さん、大丈夫です。
兄はお風呂に入っていたようで、すぐ下りて来ますから。だから、帰って貰って大丈夫です。おやすみなさい」
…。
「大丈夫ですから、どうぞ。お帰りください。ここは敷地内ですから、私は危なくなんかありません」
「…では、すみません。おやすみなさい」
上着に袖を通しながら、角を曲がって表通りに向かったようだった。
…はぁ。もう、お兄ちゃんたら。何してるんだ、って。柏木さんに、どうしても入れないって言えばいいって言った。
そんな我が儘は今は言えないんだよ。だって、柏木さん…忘れてくれって言ったから。
そんな困らせる事、言える状況じゃ無いから帰ってきてるんだから。言う意味が無いんだよ。
【お兄ちゃん、開けて。柏木さんはもう帰ったから】
カチャ。
「もう、お兄ちゃ…」
「ほら、上着、と鍵。早く追い掛けるんだ」
「え?」
「どうなって今こうなってるのか知らないが、こういう時は何も考えずそうするもんだよ。何にでもタイミングってモノがあるんだ。それは後からどうにか出来るもんじゃないんだ。今なんだ。理屈じゃ無い。とにかく追い掛けろ。俺の言う事、訳が解らなくてもいいから。行くんだ。さあ、早く行け、追い掛けろ」
「あ、お兄ちゃん…」
両肩を掴まれ身体の向きを変えられ、背中を押された。
兄はドアを閉めると鍵をした。
上着を着た。走った。