貴方が手をつないでくれるなら
ドン。あ。
「キャ、ごめんなさい!」
角を曲がった先で人にぶつかった。
「…俺こそ、ごめん。すまなかった」
え?…あ。力強い腕に身体を受け止められていた。
「柏木、さ、ん…どうして…」
どうして居るの。
「はぁぁ、ごめん。…ごめん。…また弱気になった。決めて言ったつもりだったのに。いい加減で優柔不断な奴でごめん」
「…柏木さん」
「だけどやっぱり…今日は連れて行かない」
…。
「ではどこか近くのネットカフェまで私を送ってください」
「え?何故、ネットカフェに」
「兄はもう開けてくれませんから」
…嘘じゃない。柏木さんの胸についた手の中で握りしめていた鍵は、自分で開ける為の物。手を下ろしてポケットにしまった。
あっ…お兄ちゃんに柏木さんに連絡されたらどうしよう。鍵がある事がバレてしまうかな。
自分から身体を離した。
「やっぱり一人で行けますから大丈夫です」
…。
「待て、それは駄目だ。危ない。ネットカフェという場所も駄目だ。夜、女が一人で利用するのは危険だ」
表に出なくても、ネットカフェで女性が酷い目に遭った事件は何度もあるんだ。…あ、俺はまた…こんな、連想させるような事を言ってはいけないのに…。
「私、そんな身の危険に晒される年齢からは、もう外れていると思います」
「…君は、…何を言ってる」
あっ…。地を這うような低い声だった。ビクッとなった。それ程柏木さんの声も目も恐かった。
「そんな自己判断は間違っている。軽はずみな行動、大丈夫だという安易な判断が事件につながるんだ。起きてからでは遅いんだ。危ないと言ってるだろうが」
あぁ、もう…俺は、事件だとか言ってしまってる。叱るように言ってしまって…更にビビらせてもいる。
「…じゃあ、…私はどうしたら…。あ、では、ちゃんとした宿泊施設に行けばいいんですよね?解りました。お金は勿体ないですけどホテルに行きます。それなら安全ですよね。あ、でも、週末だし、空きはあるかな…。
あ、ラブホなら…。ラブホって一人でも入れるんでしょうか。柏木さん知ってます?あ、でもラブホなんて、ここら辺には無いか…」
はぁ、…一体どうしたというんだ…、こんな事を言うなんて…。
部屋に連れて行った時の俺と同じ心境になっているとでもいうのか。
「…知ってますよ。ラブホは一人で入れます。勿論、二人でも」
ぇえ?
「行きたいなら、ラブホ、行きますか?部屋を見て決められるし誰にも会わずに済みます。最近のラブホは色々快適みたいですよ」
えーっ?!そんなつもりでは言って無いのよ?私は、ただ、…。
「い、行きません」
「フ。…そんなメンタルでは、一人でだって行けはしませんよ。行きましょうか」
「え゙?…二人で?ラブホに?」
「フ、いや…俺の部屋にです」
手を繋がれた。
「はい!あ、…は、い」
歩き始めていた。
「無茶な事をしてはいけません。夜、一人で出掛けてはいけません。いいですね」
「…はい」
そんな事は端からしません。
「…ラブホ、行きたい?」
「…いいえ」
「その内、社会見学のつもりで行って見る?」
「……社会見学」
「フ、…」
…。