貴方が手をつないでくれるなら
「あの…騙したみたいでごめんなさい、…ごめんなさい」
「いや…。そういうの、思えば思う程、嬉しいよ。そうまでして来ようとしてくれた事。なのに俺は…。ん…抱きしめたくなってるんだけど。…いい?」
「え、あ…は、い…」
…あ。腕を回して引き寄せられる胸の中にそのまま身を預けた。…身体が触れる。心音が響く…私…。少しの煙草の匂いとボディーソープの爽やかな香り。…深呼吸したくなる。
「はぁぁ…」
「ん?どうした?…駄目か」
「あ、ごめんなさい、何でも無いです…。凄く安心します。落ち着くなあと思って」
…また、かな…。また親父さんみたいだと感じたのだろうか。
「ん。…俺…、好きって言ったけど、好きな人とは好きだけでは駄目だと思うんだ。尊敬とか、信頼とか、そんなモノがあって、ずっとやって行けるもんだと思うんだ。あ、急にごめん」
「いいえ。そうですね…、はい。客観的にそうだと思います」
そこは今は主観がいいんだけどな…。
「人としてそう思えたら、それでいいのかも知れない。お互いに信頼し合えたら…それだけあれば充分な気がする。正直、突き詰めたら、好きって何なんだと思うよ。俺だって好きって言っても自分でよく解ってないんだ。…綺麗な人だと思った。ドキッとした。解らないのは日向と同じだ。んー、今言える事は、こうして抱きしめたいと思う事も、好きって事に含まれてるって事だ」
「…ドキドキしますね」
…他人事みたいに聞こえるな。“友達”だから、そこは余裕があるのか。
「そういう事、口に出したら駄目だ。…こっちは余計ドキドキするだろうが」
「はい。凄く鼓動が早くなりましたね」
だから…、何だか冷静だよな…。
「はぁぁ。日向…。俺の事、信頼出来る男だと思うか?まだ解らないよな…はぁ、酷い面しか印象がないからな」
「それは…印象は良くなかったですけど。まだ沢山知ってはいなくても、そればかりじゃないからって解ってるからだと思うんです、自分がここでこうしている事、凄い不思議な事をしていると思っています。まだどこか…こうしてる自分も、まるで他人事なんです。
でも、安心して落ち着けるというのは、気がついてなくてもやっぱり信じているからだと思います。それは前回、何もしないという事を守ってくれた事もあると思います。だから、そんな事が確認できてそれが信頼になって行くのかも知れません」
「今日も牽制?…信じてるって言われ続けると、何も出来なくなるんだけどな…」
「え?」
「別に…部屋に連れ込んで、初めから嫌らしい事をしようと企んでる訳じゃ無いけど…。真面目な話なんだ、日向」
「え、はい…」
ドクンドクンと鼓動が急に強くなった。柏木さん、ずっと日向って呼んでるから。それもある。
「正直、俺は、恐くないか?」
「それは、はい」
「男としてはどうだ?」
男として…。
「あ、の、それは、その、つまり、男としての柏木さんに、私が、…そういう事を恐がらないかという事ですか?」
「そうだな。腫れ物に触るように聞くより、この際、単刀直入の方がいいかと思って」
「…恐いです」
「…そうか」
「あ、違います。…もし、柏木さんとそういう事になる関係になったら、が、受け入れられないのではなくて、…何もかも…男の人とする…そういう事が、恐いという意味です」
「解った。…俺に限らず、無理はしなくていいと思うよ」
俺と…全部が恐いって事か…。