私のメモ
「お疲れ~」
休憩時間、日替わり定食を食べ終えたところに、沙耶とヤギちゃんがやってきた。
ちなみにヤギちゃんは、料飲部にいる同期だ。
本名は、八木 三郎 ……皆から『ヤギちゃん』の愛称で親しまれている。
下の名前で呼ばれるのが嫌いらしい。いい名前なのに。
「あらやだぁ~!凪っち、ドスッピンじゃなぁ~い!」
ヤギちゃんは、私の肩をバシバシ叩いた。
そう……彼はかなりオネェっぽい。私なんかより遥かに女子力が高く、オトメだ。
だから、私が ❝限りなくノーメイクに近いナチュラルメイク❞ だってことにも、すぐに気づいてしまう。
「す、すっぴんじゃないし!」
一応眉毛は描いたから!と、ドヤ顔をしながら前髪を上げた。
今日も相変わらずバッチリメイクの沙耶は、それを鼻先で笑う。
「そんなのスッピンも同然じゃない。せめてファンデ塗って、口紅くらいつけなよ。見苦しい」
み、見苦しい……?
辛辣すぎるコメントに言い返すこともできない。
「いや~ん!凪っちやばい~! 唇ガサガサ~髪の毛ボサボサ~お手手カサカサ~爪はボロボロ~」
ヤギちゃんは、身振り手振りを交えて、悲壮感たっぷりにダメ出しをしまくる。
身だしなみに関しては、武田さんより口うるさいかもしれない。
「あ〜んもう!ホント土台は良いのに勿体ないわぁ。ちゃんとすれば、とってもキレイになれるのにぃ! あっ!」
ヤギちゃんは思い出したように、ポーチからピンク色のチューブを1本取り出す。
そして「このハンドクリーム、良い匂いなのよ!」と、私のカサついた手を強引にひっつかみ、それをブリブリと絞り出した。
海外のガムみたいな甘ったるい匂いが辺りに漂う。
うぇ。酔いそう。これのドコがいい匂いなの。
「凪っちはもっと身だしなみに気をつけないと! そんな身なりじゃお客様の前に立てないわよぉ~!」
「そうだそうだ!」
沙耶もそのハンドクリームの成分表などを見ながら、便乗している。
「はいはい~以後気をつけま~す」
「ほんとやる気ないんだから!」
ヤギちゃんは、もうっ!と怒りながらも、私のカッサカサの手が、ギタギタのテカテカになるまで、入念にハンドクリームを塗り込んでくれたのだった。