俺のバンドのボーカルは耳が聞こえません
「だけどーそれがー今ーはつらーい」
話せないはずの音生が、聴こえないはずの音生が、すごく綺麗な透き通る声で歌い出す。
俺はやっぱり、この歌声に何かを囚われてしまう。
心の隅にある何か。
忘れているような気がする何かを、音生の声に引き出されそうになる。
それがなんだか怖くて、耳を塞ぎたくなるけれど、この歌声を聴いていたくて、そしてその何かを引き出してほしい気もして、俺はただ目を閉じて歌に聴き入った。
音生の歌声には、何か力がある。
耳が聞こえないのに歌えるから、とかそんな陳腐な理由ではなくて、何かは上手く言えないけど、大きな力があると、素人ながらに思った。
よく聴く大衆音楽のはずなのに、そう思うほど、心が揺さぶられた。
歌声はすぐに止み、音生は俺の方を見やった。
『ここまでは歌えるの。合ってた?』
『うん、すごく綺麗だった』
『ありがとう。歌声は唯一みんなに褒められるとこなの』
嬉しそうに笑った音生を見て、「唯一、」と呟いた。
『この先を今から覚えます。耳が聞こえないから手助けが必要なんだけど、手伝ってくれる?』
『いいよ、何したらいい?』