俺のバンドのボーカルは耳が聞こえません
耳が聞こえないのだから、そんな簡単に覚えられるわけもないし、簡単に歌えるなんてもっとない。
音生が今まであまりに普通に歌っていたから、自分と同じ一聴したらある程度歌えるという感覚で軽く思ってしまっていた自分にふと気づき、改めて音生のしていることのすごさが分かった気がする。
『どう?』
音生がそう書いた紙を渡してきて、ようやく俺はぼーっとした頭を抜けて、間違いを音生に教えることができた。
そこからがとても長かった。
何度も何度も同じ箇所を歌っては訂正の繰り返しで、一小節分するだけで半日かかった。
それでも、前歌ったフレーズを覚えた時は一ヶ月かかったというのだから、これでもすごく早いのだろう。
そうやって音生の練習に付き合っている内に、もう辺りが暗くなってきて、今日のところはこれで終えることになった。
『音生、なんでそこまでして歌いたいの?』
ギターをケースにしまう音生に、俺は紙を渡す。
こんなに労力も時間も消費してまですることではない気がした。
音生は一瞬考えるような顔をしたが、すぐに笑顔になって、こう書いた。